聖剣 クラウ・ソラス
聖剣:神話や伝説、あるいは小説などのフィクションに登場する、聖なる力を与えられた剣の総称。 聖剣の多くは、神や妖精などによって聖なる力を与えられ、超自然的な力を持つ。 神が持つ聖剣は神の象徴であり、英雄が持つ聖剣は王権の象徴や民族の勝利の象徴であることが多い。
クラウ・ソラス:アイルランド民話の魔法剣。手に持つ者に照明を与える道具だったり、巨人などの敵に特殊な効果を発揮する武器など、物語によって異なる描写がされている。
「………………………。」
「………………………。」
「………………………。」プックー
今、俺とルミネは正座をさせられている。なぜ?それはね、目の前のお方が機嫌を直してくれないからです。
「あのーそろそろ機嫌直りました?」
「ふんっだ!」プイッ
マジでこの人しつこい。何なんだろうこの外見の年齢に似つかわない精神年齢の幼さ。実はある一種の病気を持った子供なんじゃないの?と疑うくらいだ。そんな背を低く見られたぐらいでそんなに怒らなくても……。これでは埒が明かないと思い、優は切込隊長の如く話を切り出す。
「あのーここに帝国軍って来るんですか?来ないんだったら、速攻帝国に行って説得に行きたいんですけど……。」
「…………………。」プイッ
(カッチーン)
そろそろ堪忍袋の緒が切れた。流石にしつこすぎる。こっちは真剣な話を振ったのに反応をしてくれないと困る。優は怒りに身を任せ、村長の胸ぐらを掴んだ。
「いい加減にしろよ!こっちは真剣に聞いてるんだぞ!なんか答えたらどうだ!」
そう村長に怒声を浴びせると、そっからあっという間に、俺は地面に叩きつけられた。まず村長の左手が俺の胸ぐらを掴んでいた腕を捻り、外すと、回転をしながら右手に持っていたあのカラフルな顔のついた杖で俺の頭を叩いた。それらの動作が一瞬過ぎて目で追えなかった。今の一連の動作に優が寝たまま混乱をしていると、頭上から怒り―――ではなく冷たい蔑み、哀しみを含んだ嗄れ声が聞こえてきた。
「期待はしておらんかったがこれ程までとはな。儂はこれ以上関わりたくはないのじゃが先代様の予言があるからのぅ…。はぁ。お主ら…ついてまいれ。」
溜息をつき、手招きをしながら家の裏口であろう優たちが入ってきたのと反対側の扉を開けて出ていった。ゆっくりと扉が閉まる。優は頭に残る激痛と今の『暴力行為』に苦悶の表情を浮かべながら、立ち上がった。後ろからルミネが心配の言葉をかけてきた。それと同時に
「いきなりどうしたんです!?何であんなことしたんですか!?」
と怒声を浴びせてきた。その事についてはたった今後悔しているので何も言うことが出来ない。
(またこの性格のせいで……くそ!)
後悔が過去の記憶と結びつき始める。一緒にやんちゃしていた仲間たち、両親。失ったものが脳裏に写り気が狂いそうになったが、左右に首を振りなんとか振り払った。
「ごめん。………さぁ。ついて行こう。」
ルミネは少し心配そうな顔をしていたが、小さく首肯した。
村長が出ていった扉を開き、そこから生い茂っていた一メートルくらいある長い草をかき分けながら進んだ。今こそ、優はジャージを着ていたことに冥利に尽きたことは無かった。優は草負けこそしないが、チクチクするのは大嫌いだ。現実世界の都会ではなくても過疎地域ではない地域で暮らしてきた優にとって山ほど鬱陶しいものは無かった。昔、父と山登りに来た時があったが、あの時はしんどかった。長い距離や坂道などを長時間歩くのに慣れていない幼少期にとって、乳酸が溜まりに溜まる山登りは苦痛だった。頂上に着いた後の『次は下りないといけない』という新事実を知らされた時のあの絶望感。帰る頃には「足が折れる〜。骨折した〜。」とか言っておんぶをせがんだことが思い出される。ほんとに懐かしい思い出だ。
「………………フッ」
「優さん!危ない!」
「────んぅ?うぉっと!」
ルミネの叫びが届いた時、優が下を見てみると、そこには陥没した小さな穴がぽっかり空いていた。ちょうど足が引っかかり、転ぶような穴だった。
「あっぶねぇー。」
昔の思い出に浸り過ぎたようで、周りを見るのを忘れていた。ルミネが注意してくれなければ、今頃この穴に引っかかって、前から転び、優の顔にその前の長草がダイレクトアタックをしてくるところだっただろう。
「うぉ〜。すまねぇ。ありがと。」
「何ですか?今さっきからニヤニヤしながら歩いて。しかも今の様子だと周りが見えてないし。大丈夫で〜すかぁ〜?」
ルミネは馬鹿にするように目を細めながら優の顔の前で手を振った。
(こいつメリハリがあると言えばメリハリがあるんだが、この抜けている時のこいつはなんか頭にくるな。)
「あぁごめんなさいね!お前に気をつかせてたみたいだな!」
「ぎゃあああ!痛い!痛い!やめてぇ!私の手がへし折れちゃいますぅ!使い物にならなくなっちゃいますぅ!」
そんなルミネの小馬鹿にするような行動にイラつきを感じた優は、額に血管で怒りマークを作りながら、振ってきた腕を握って力を込めた。華奢な体に付いている腕は細いため力はそんなに入れていないがとてつもなく痛がっている。
(しょうがない。ちょっとやめてやるか。)
優は握っていた手を緩めた。ルミネは未だなお握られている腕を見ながら、目尻に少しの涙を浮かばせ、力を緩められたことによる痛みの緩和に安堵した。
「……ふぅ。」
「シリアスな状況じゃなくなったら、すぐ調子に乗る。」
「いいじゃないですか別にー。別に私そんな真面目ちゃんじゃないですしー。」
「お前のキャラは判定が難しいなー!」
「ぎゃあああ!なんで!なんでまたやるんですか!痛い!ホントにやめてぇ!ほら青ジミ出来てます!青ジミが!────って嘘でしょ!なんで力強めるんですか!あぁ!すみませんでした!嘘ついてすみませんでした!謝りますから離して!」
(やばい。楽しい。)
ルミネの涙ながらの懇願を思う存分楽しんだ優はそんなことを思いながら腕を離した。ルミネの腕は青ジミは出来ていなかったが、赤くなっていた。
優は村長に遅れ気味であったことを思い出し、また、先に進んだ。ルミネもそれに続く。そして、ようやく本題に戻る。
「ただ。……ただ色々思い出してただけだよ。……むかしむかしのガキの話さ。」
「へぇー。そう言えばどんな子だったんですか?優さんって」
「嫌だよ。言わせんな!恥ずかしい。」
口ではそう言うが、優はまた少年時代のことを思い出していた。遊んだ日々。叱られた日々。泣きあった日々。楽しかった日々。優にとってその全てが忘れられない記憶の欠片だった。
そんな時、ふと思った。
(あれ?俺のじいちゃんばあちゃんってどんな人なんだ?)
思い出せない。────いや、会った記憶すらない。親から聞いたこともない。親がいるからその前もいるんだろうが、その情報が一切優の頭の中にはない。何故だろう。
「なぁ。」
「はい?」
「お前ってじいちゃんいるか?」
「……いると思いますけど?」
「そうか……。」
「な、なんですか?いきなり。」
(何故だ?俺にはおじいちゃんがいない?そんな訳ない。でもそんな記憶は無い。と言うかお墓参りや法事にも行ったことがない。何故?────あーもういいや!)
優は悩みに悩んで答えを出そうとしたが何も思いつかなかった。あの時代に二世帯家族がポンと生まれるはずがない。親と祖父母の中が悪かったのか?いや、そんな話聞いたことがない。じゃあ由美はどうだったのか?由美は父方の妹のはず。同じ親から生まれた血の繋がった兄妹のはず。なのにこちらとも一緒に墓参りなどに行ったことがない。仏壇も見たことがない。思い出せない。そんな風に考えを巡らせたが、答えは一向に見つからなかった。故に諦めた。
「何ですよー。また黙りしちゃってー。また変な事考えてるんですかー?────って痛い痛い!やめてぇぇぇぇぇ!確かに腕じゃないですけどそこも今さっきされたからまだ痛み取れてないんですぅ!」
「少し黙れ。」
ルミネは優のアイアンクローに悶え苦しんだ。
そこで、またひとつ優はある事を考えた。
(そう言えばあの村長。俺に期待してないってなんだよ。いきなりあんな目向けてきて。なんかむかつくんだよなーあの人。)
村での村長を怒らせたイベント。確かにあれは全部優が悪い。優自身もこれを自覚しており、反省していた。しかし、優が一番今胸糞悪く感じたのは『期待していない』という言葉だった。なんだよ期待していないって。なんか見下されてる感がすごくて嫌だ。
そんなことを考えながら長草を掻き分け、進む作業に没頭していると、この森で一番でかい大木―――優たちのスタート地点に着いた。
「俺ら村に行った意味あったの?」
「理由がわかってないが為にそんなキョトンとした顔で聞いてくるのが余計に腹立ちますね……。優さんが『正と異を紡ぐ扉』の中の壁を触ったからですよ!!本当は村の中心に着くはずだったんですよ!!」
(あの扉そんな名前あったのか。)
ルミネは首につけたペンダントと二つの大きな胸元の荷物を揺らしながら、答えた。今日は二人も怒らせちゃったな。なんて思っていると、後ろから服を引っ張られた。見てみると村長が木の根っこの人がギリギリ入れそうな穴からひょこっと頭を出していた。
「ついて来い。」
そう言うと、また中に入っていった。抵抗はあったもののついて行くしかないので、土が着くのが嫌という乙女な仕草を見せながらも入っていった。ルミネはもちろん―――気にせず入ってくる。
(お。着いたかな。)
少し長い根と土のトンネルが続いていたが、四足歩行で進んでいく内にだんだんと光が見えてきた。が、その前に……
「オラッ!」
バッフン
「ぎゃあああ!いったぁ〜いいいい!目を開けられない!無警戒な時の乙女になんてことするですがぁ!」
右手いっぱいに握り締めた砂を後ろのついてきたルミネの顔面に投げつけた。すると、ルミネは急な攻撃に反応しきれず、その無防備な顔面で砂を思い切り受けた。反射が遅れたルミネは、目に砂が入ったものの、既に砂が付いている手では拭うことも出来ず、痛みに涙を流しながら目を閉じて喚くしか無かった。
「ばーっか!あっはっはっはっは────」
そんなルミネの姿を笑いながら、優は逃げるように急ぎ四足歩行で出口を目指した。そう、前も見ずに。
「はっはっは────がふぁっ!」
そして、穴から出ようと前を向きながら足を踏み出した瞬間、目の前にあった太い木の根に顔面をぶつけてしまった。
「プププー。なんかにぶつけたんですね。自業自得ですよ。優さん。」
そう言いながら、ルミネは前が見えているのか優の横を通って穴から出ていった。そして、手の土を払い、目をゴシゴシと擦る。優は痛みに顔を顰めながらもおもむろに立ち上がりながら、目を開いた。するとそこには見たことが無いような幻想的な風景が広がっていた。
「すっげえ………。」
優は感嘆せずにはいられなかった。頭上からの緑がかった葉の間をすり抜けてくる陽の光が辺り一面を照らしていた。ここは大木の中のようだ。見つけるのに苦労する身長の持ち主である村長を目で探していると、優の視点は1点に凝縮した。
コケの生えた台地に刺さり頭上からの幻想的な光に包まれている白い一本の剣。剣幅は1.5mほどで大きく、その刀身には五つの穴が空いており、持ち手の最後からは湾曲した白い装飾が刀身へと伸びている。それ以外の装飾は無い単調な剣だった。
「おーい。こっちじゃ。」
よく見るとその剣の下に村長が立っていた。すかさず走ってルミネと優は到着すると、村長は誇らしく語った。
「ここにあるのが、聖剣・『クラウ・ソラス』。お主を選んだ、この世界を救う偉大な剣である。」
村長が誇張するように説明をすると、自分の凄さを見せつけるかのようにその剣は刀身をきらりと光らせた。