譲れない意地と異世界へ
意地:自分の考えを通そうと思う気持ち。強情な気持ち。
優は茶色いタンスを探した。屋根が数多のツルで支えられているとはいえ、もう辺りは暗い。瓦礫の中からそのタンスを見つけるのは砂場から指輪を探す────言わばめんどくさい作業かと思っていた。
が、意外と早く見つけられた。
ベッドや勉強机と一緒に瓦礫と化していたそれの二段目の引き出しからジャージを取り出す。夕方は毎日ランニングをしているのだが、次の日の夕方には毎回きちんとジャージが入っている。今頃ながらその由美の心遣いに感謝しながら優はその運動用ジャージに着替えた。
そして、何本もの鉄の杭に貫かれた無惨な姿でありながらも、安らかな顔で息を引き取っているその美しい顔に決意の眼差しを向ける。綺麗に整った、その今では青白い顔に優は顔を寄せる。血腥い臭いに顔を顰めることなく────いや、この臭いは鉄の杭の臭いなのだと自分に言い聞かせ、由美の顔の前で
「…………行ってきます。」
そう呟いた。由美に聞こえる────と願いながら。しかし、今の現状ではその優の由美への『行ってきます。』はもう由美という人間には届かない。その優の『行ってきます』を受け止めているのは由美を抜き取られた只の器である『肉体』という殻の耳という部位の内部にある鼓膜だけだった。優のその意思を伝えることの出来ない儚い『行ってきます』は、誰かに想いを伝えること無く、その鼓膜という壁に当たって消えていった。優はその声玉がそこにずっと留まって欲しいなぁと思いながらその場に立ち上がった。そのままずっと顔を近づけたままいると、また涙が溢れてきそうだったから。
優は赤く腫れた目元を早く治る事を願いながら、真顔で道路で待っているルミネの所まで歩を進める。こんな時まで人に泣いていた事を知られたく無くなるのはやはり男の性なのだろうか、と自分で内心二つを同時に恥じた。近づいてきた優に気づき、ルミネは問うように訊く。
「本当に…いいんですか?」
「ああ。準備は出来た。早く連れてってくれ。」
「分かりました。」
ルミネはそう答えると、首に下がったペンダントの石に触り、魔素を込めだした。その石は青白く光ると空気中に大きな扉を投影した。最初はモヤモヤと薄い霧状だったそれは徐々に扉の形へと実体化し、ゆっくりとその二枚の石板は開いた。扉の中にはカラフルな彩りのあるトンネルのような空間が広がっていた。
「手を握っててください。」
「ああ。」
優はルミネの手を強く握りしめた。
「絶対に離さないでくださいね。」
そう言うと、ルミネはその扉の奥の空間に飛び込んだ。優もルミネに引っ張られながら、それに飛び込む。
扉は開いたまま、夕焼けの過ぎた薄暗い空間には派手すぎる光を辺りに撒き散らしながらそのまま佇んだ。
「よーいしょっと!」
声からして女の子であろう人物が、どこからか扉の前に跳んで降り立った。その軽やかな着地は、普通の人間が出来ないような静かなものだった。
「もうホントー!素人って言うのはこの扉を使う時の後片付けも出来ないの〜!?」
フードを被った怪しげな少女は眩しい光をモノともせずに、その扉を見つめながらそう呟いた。そして、革の指抜きグローブをもう一度腕の方へ引っ張り、しっかりと装着した。
「はーあ。もうこの世界とおさらばかぁ〜。ちょっと最後にクレープ食べたかったなぁ〜。」
フードの奥で名残惜しそうにそう言いながら、その人物は扉の放つ眩しい光へと吸い込まれるように入っていった。
その瞬間、扉は勢いよく閉められ、光の粒を空気中に撒き散らしながら、消滅した。
ルミネと優はチカチカするような極彩色のトンネルのような空間を浮かびながら、誘導されるように前へとかかる重力のような引力に引き込まれながら奥へ進んでいた。
「良かったです。優さんが決心してくれて。」
うるさいと言いたくなるほどの彩りは、そのトンネルに『色』としてはあるが、『音』としては無音であるその空間でルミネが最初に口を開いた。声が反響してよく響く。
「何も戦いたくなったわけじゃねぇ。……お前、『過去から来た』って言ったよな?過去のお前らの世界を変えたらあの地震は起こんないんだろう?」
「はい、そうなりますね。」
「お前が言っていた帝国軍の侵略を止める。その為に説得する。それしか俺はしねぇ。」
ルミネは優のその返答に呆れたようにため息をし、もう一つの質問をした。
「…………………あの、教えてくれませんか?あなたがそこまで……『戦うこと』を拒む理由を………。」
優にとってあまり答えたくない質問だったが、これ以上は隠しきれないと思い、諦めたように説明を始めた。
「喧嘩だよ、喧嘩。俺がガキ大将だった頃のな。こんな身体でも昔はそんなだったんだ。だけど、あの喧嘩は行き過ぎだった。ガキ大将だった俺も諦めるしか無かった。勝者は得したものを数えるが、敗者は失ったものを数え、その時のトラウマは未来永劫心の中に巣食い続ける……。まぁ分かる通り、俺は負けたんだがな……。マジでもう何も失いたくないんだよ。変なことに首突っ込んでな。」
「………………………。」
こいつにこんなこと話したところでか
しんみりとなったその空間は、優の経験談を重く感受させる。無言・無音の時間が続くその空間はその空気に相反してカラフルに彩る。
すると、優はその空気に飽きたのか、トンネルの壁の様なモノに触れてしまった。水のように触った実感がなくカラフルな彩もその水の壁には無かった。
「あ!そこに触れちゃ―――」
その瞬間トンネルのような空間にイナズマが走った。すると急に、それまで優たちを引っ張っていた空間の重力が不安定になり出し、順調に進んでいた二人はバランスを崩しながら奥に引っ張られていった。お互いに頭をぶつけたり、足で蹴られたり、優は僥倖にもルミネの豊満な胸に頭が埋められたりした。しかし、ヌフフとなる訳でもなく、
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
二人とも姿勢を崩しながら、奥へ引っ張られていく。すると今さっきの扉と同じような扉が奥に待ち構えていた。
「で、出口だああぁ!────」
「すみません!」
「────はぁ!?」
情けない優の叫び声が響いたのと同時に、ルミネは優をその扉とルミネの間に盾のように構えた。優は突然のルミネの薄情さに驚きを隠せず、また、突然の更なる危険に焦りを露にした。必死に抵抗することが頭に一瞬過ぎたが────何も出来ず、その扉に優は頭から激突し、投げ出されるように二人は空間から脱出した。他の方法を考えようとした訳ではない。あわよくばルミネを前に出そうとしたが、そんな時間もなく扉へと到達してしまったのだ。しかし、そう考えると優もここでは薄情者である。
二人はゴロゴロと転がり、一本の大木にぶつかって静止した。地面には芝生が生え、虫や鳥の囀りのような声が聴こえてくる。頭上の木々の葉越しから木漏れ日がチラチラとチラつく。その幻想的な場所での二人の格好はというと…………傍から見たらお盛んな二人である。
「う、う~ん。」
優が頭の激痛に耐えながらも起き上がろうとすると、
ムニュ
と柔らかい感触が両手に広がった。
こ、これはまさかお約束の!
と、煩悩を頭に浮かばせながら、右手を見てみると、そこには胸────ではなく、ルミネの頭に出来た大きなたんこぶだった。
因みにルミネはまだ目をぐるぐると回したまま頭に星を浮かべている。
えぇぇ!?約束と違うくないか!?俺にはそんな物ないのか!?嗚呼!神よ!私をお見捨てになったか!
そう思って諦めかけ、右手でこのたんこぶを握りつぶしてやろうかと思いながら左手の方を見てみると、そこには────念願のたわわに実った大きな胸が左手によって鷲掴みにされていた。
うおおおおぉ!良かった!俺にも触ることが出来た!神よ感謝します!先程の無礼をお許し下さい!
何とも現金なヤツである。無宗教者なのに自分の空想の神をでっち上げ、そのモノに一喜一憂していたにも関わらず。一瞬で優の頭の中の色が神を表す色など無いピンク一色になり、優は思うままに揉みに揉みしだいた。
モニュモニュモニュ
数秒、その左手の感触を堪能していると、
「あのぅ。すみません。ちょっと、離してもらってもいいですかねぇ?」
「う〜ん。あともうちょっとだけ────」
ペチンッ
そんな優の頬に平手打ちが飛んだ。その平手打ちによって優は空を描きながら横に吹っ飛ばされた。これもお約束。
「『あともう少しだけ寝させて』みたいなノリで触らないでください!私の体をなんだと思っているんですか!?」
ルミネは胸を触られた恥辱と怒りに頬を赤らめながら、優に怒声を浴びせた。すると、優はうつ伏せの状態から顔を上げると、
「……………とぉ。」
「え?」
優が何か小声で呟いていた。ルミネははっきり聞こうと近づこうとしたが、不意に悪寒がルミネを襲った。気持ち悪い優からの負のオーラがその場一帯を包み込んでいるように感じ、早く逃げろと本能が反応しているように思えた。
ルミネは冷や汗を額に浮かばせながら、おもむろに聞いてみた。
「あ、あのぅ……。どうし────」
「もうちょっとぉ。…もうちょっとぉ。…」
「え!?ちょっ!嘘ですよね!?そこは普通もう引く展開ですよね!?」
「げへ、げへ、げへへへへへ」
「い、いぃぃぃぃやぁぁぁぁぁ!」
気色の悪い指の動きをさせながら欲望に体を任せ、ルミネを追いかけ始める。ルミネの奇声にも似た甲高い叫びが森中に響く。
これが異世界に来て初めての優とルミネが取ったアクションである。
聖剣はもう少しで出るのですが、主人公はしつこくその剣を握りません。アクション好きな人はあまり1章の最初はお勧めしません。人との喧嘩ばっかりです。優しく見守ってくれれば光栄です。