謎の少女 若林瑠璃
転校生:入学時期以外に他の学校から移動してきた、または卒業時期以外に移動していった学生、生徒や児童のこと。転校は数少ない出来事の為、在校生にとって注目の的になることが多い。
「「「うぇーーーーい!」」」
彼女の自己紹介が終わるとともに、教室中の男子の歓声があがる。それはそうだ。肌は透き通るように白く、端正であってかつリスのように小さい顔立ちは真面目な印象だけでなく、可愛らしさも醸し出している。美少女アンケートを出してしまえば恐らく学年で一番、いや、学校一だろう。しかも巨乳。男が喜ばないはずが無い。自分もその中の一員であり、このクラスでよかったと初めて思った。しかし、女子の中では
「はっ!何よ。ただ胸が大きくてちょっと顔が可愛いだけじゃん。」
「そうよそうよ。しかも何?あのペンダント。絶対に某空の城のパクリじゃん。ダッサ!」
「優……あとで殺す。」
そんなヒソヒソ話が聞こえてくる。一番最後の言葉はとんでもなく近いところから発せられた気がするが…。気のせい気のせい…。
(本当このクラスって何でこんなに性格がクズな奴がいるんだろうなぁ〜?)
そう口に出すこと無く心の中で思っていると、小林先生がみんなを宥めていたので優も席に着くことにした。
「じゃあ。若林さん。空いている席は―――」
そう小林先生が言っていると、突然、若林はまだ指定されてないのに教壇から降りて廊下側の方から人を拝借し始めた。歩き回りながら横目で見る程度なのだが、その奇妙な行動にみんな不思議な目を向ける。
ちなみに優の席は反対の窓際の席の、前から3番目である。クラスの移動直後に席替えを先生が提案してくれたおかげでこの幸せな席をとることが出来たのだ。窓際の後ろというのは誰もが羨む席である。と思う。
それからずいぶんと長く歩き回って、若林がニコニコと会釈しながら優の席へと近づいて────
そして遂に優を見つけると、
(こいつだ。)
という声が微かに優には聞こえてきた。その声に優がビクっと反応すると、少女もビクッと反応する。優が周りを見渡すと、クラスのみんなは不思議そうに優たちを見ていた。そんなクラスの目に少し恥ずかしくなり俯くと、突然少女が隣の席────葵の席を指して
「先生。私この席がいいです。」
と言った。
「..............。」
しばらくの沈黙の後、
「「「えぇーーーーー!??」」」
とみんなが叫んだ。先生までも後ずさりしながら叫んだ。
「なんであいつの隣なんだー!」
「しかもよりにもよってどうしてあいつ!?」
「俺の方があいつよりカッコイイ自信あるぞ!」
「非リアの党はあいつを許さない。放課後が楽しみだねぇ。エヘへぇ」
男子生徒からの非難が殺到する。そりゃそうだ。まぁ、分かる人にしか分からないイケメンさがあると自負しているが────痛い痛い。誰かからの声が痛い。まぁあれだ。普通好かれることは無い私なのでありますよ。だってツリ目で猫目ですもん。瞳孔までも猫なんですもん。怖いですやん。
故に自分が選ばれたことに自分も含めてクラス中のみんな驚きを隠せずにいた。
すると、そんな狂乱じみた罵声の数々をねじ伏せるかのように、もう一つの声が上がる。
「はぁ?!なんで私が変わらないといけないのよ!嫌よ!絶対に嫌!」
葵が机を激しく叩きながら立ち上がり、若林と小林先生にそう抗議した。
「まぁまぁ。そこが気に入ったんじゃないのぅ?今回だけは譲ってあげたらぁ?」
「お願いします。譲ってください!」
「絶対に嫌!」
小林先生の宥和させようとするトロ〜ンとした言葉と若林の懇願を寄せ付けず、葵は『若林瑠璃』を獣のような目付きで睨みながら拒絶のための怒声を浴びせる。
自信ありげな容姿にも、図々しいその態度にも何か思うものがあるのだろう。
こんな可愛い子がお願いしてるのに……。大人気ないなぁ。まぁ逆にそこが気に食わないというのも女子としてはあるんだろうが。
「いいじゃないか葵。別に変わってあげても。」
「なっ、あんたまで!」
葵はそこで何かを言おうとしたのか口を開くが、言葉を詰まらせ
「………折角横になれたのに。」
と小声で言った。もちろん優には聞こえなかった。
「ん?今なんて?」
「うるさい!」
そう言って葵は自分のカバンを乱雑に取りながら席を譲るように机の横に立った。そこに若林は入っていき椅子を引っ張って席についた。
「ありがとうございます。」
「ふんっ!」
「まぁまぁ。喧嘩しないの。じゃあ如月さんは窓際の一番後ろね。」
葵は怒りながらそして優の方をチラッと見ると目を少しうるうるさせながら窓際の一番後ろの席についた。
「どうしたんだ?あいつ。」
そう疑問に思いながらも、優は少し安堵の息を漏らしていた。一つは喧嘩が起きなかったことについてだが、一つはあの『怪力女 如月葵』と噂される彼女から離れられたことである。現に今日も、首を絞められた恐怖が1日残りそうだ。
「これからよろしくお願いしますね。」
「は、はぁ。」
(やっぱり可愛いな~この子。)
そう思うと同時に胸に注目させられる。E、いやFぐらいはあるだろうか。そんなことを思いながらニヤけそうになっていると、後ろから殺気にも似たオーラが流れてきたので、しゅぴっと前を向き姿勢を正す。この教室でイチャイチャは厳禁である。
「じゃあみんな!今日も頑張ってね!では朝のホームルーム終了!」
「ありがとうございました。」
小林先生の元気のいい朝のホームルームの終了を告げるとクラスのみんなは座ったまま挨拶をした。小林先生は満足すると教室の前のドアを開き出ていった。それを見終えると、みんな席を立ち、授業の準備をしたり友達との談笑を始めたりと、それぞれの行動に移る。転校生と話をしたい!とはならないんだろうか。
「神木優さん…でしたっけ?」
「あっ。はい。そうですけど?」
(いつ俺の名前を知ったんだろう。)
そんなことを疑問に思っていると、
「神木さん。」
「優でいいよ。」
「……では優さん。今日の放課後、屋上に来ていただけませんか?」
「……な、ななななななんですと!?」
「しーーっ!」
驚きすぎて少し反応が遅れてしまった。そしてあまりにも叫びすぎてしまったためにみんなにうるさいと言わんばかりに睨みつけられる。若林は口元に人差し指を立てて静かに!と合図を送ってくる。…可愛い。
「では、放課後に。」
そう言って席を外してどこかへ行ってしまった。
(今の告白の約束じゃねぇよな?で、でも初日にいきなり会って…それはねぇだろ。じゃあ前に会ったことがあるとか?……いや、でもあんな人記憶に無いぞ?何なんだあれは?ああーーーっわっかんねぇ!)
「……ぬぅあぁぁぁぁ────」
優はその言葉にそう妄想を膨らませながら、顔を真っ赤に染めて、頭を抱えて喘ぎ悶えた。クラス中の人たちから見られていることにも気付かずに。そんなことをしていると……
「おいおいどうしたんだよ〜。顔まこうして。」
優の親友の忠雅が声を掛けてきた。
「あ?何だよ。まこうって。」
「『真っ赤にして』って意味だよ。なんか、転入生ちゃんと話してたけど。」
「……好いとーと。」
「俺を?」
「おい!今さっきから謎の絡みをするな!わからんやろうがい!」
「そこはとう……うっうん!これ以上はダメだな。あー。そうか、好きなのか。あの子のこと。」
謎の絡みをしてきた後、そんなことを聞いてきた。ちょっとその気はあるのだが、少し断りを入れておく。
「いやいや、違うんだよ。いや、違うくはねぇか?まぁ俺はさておき、あの子の方なんだよ。放課後屋上に来てくれってさ。」
「え?マジで?」(キラリーン)
優が忠雅を親友と見越して本当の事を伝えると、予想とは逆に忠雅は悪魔のような紅い目をだし、大きな鎌を取り出した。うん。失敗だったみたい。
「はい、何かな〜その鎌は!?やめて!ジリジリと近ずいて来ないで!なんだそのフード────怖い!なんだその『非リ党』ってマーク!無いから!そんなこと絶対ないから!」
「あ、まぁそうか。優に限ってそんなことは無いか。ごめんごめん早とちりだったな。」
「おいてめぇこら。失礼だろうがコノヤロー。てことでよ。ちょっと帰り待っててくんね?」
「んー。まぁいいよ。早く終わらせろよ。」
「あぁ。」
(あんなこと言っちゃったけどほんとに告白されたらどうしよう。ヤベェな。想像したらやっべぇ!)
と、ドキドキさせられながら優はその時を過ごした。
しかし、それからというもの若林は話しかけても来なかった。昼休みにも
「一緒に食べようぜ!」
と誘うも
「いや、用事がありますので。」
と、やんわり断られてしまう始末だった。何なんだと若林に対してモヤモヤとした気持ち悪い疑念を残しながら優は過ごしていると、あっという間に時間は過ぎていき────
(俺なんかしたかなー?)
約束の時間の一歩手前、ホームルームになってしまった。なーんにもされなかった。いつか失望されたのだろうか。そんな不安を胸中に寄せていると、
「今日の約束覚えてますよね?」
と声がしてきた。しかし今に至ってはドキドキなんてものは感じなかった。それよりも『何なんだこいつ?』という不思議に思う気持ちの方が勝っていた。
「ああ。覚えてるけど…。」
「ほら!そこ!喋らない。ではこれでホームルームを終了しまぁ〜す。気をつけて帰ってねぇ〜。」
「「「はい。ありがとうございました。」」」
若林の質問に答えていると、小林先生から注意された。
ちぇっ。なんだよ。ただ少し話してただけだろうがよ。しかも今の終わる直前だったし!
と、思いながら号令に合わせて挨拶をする。
やっと終わった。という安堵にも似た溜息を付きながらカバンの中身を整理して横を見ると、若林がこちらを見てニコッと微笑んできた。こちらも微笑みで返し、
「行こうか。」
「はい。」
と、全然触れ合う機会がなかったにも関わらず、馴れ馴れしい会話を交わし2人で屋上を目指した。さすがにドキドキしてきた。横に並んで歩いているが聞こえているんじゃないのか、と言うぐらい胸の鼓動が大きく、そして激しくなっていた。そして、掃除があまり行き届いてない屋上への階段を登り、その屋外へ続く鉄扉を開けた。
無機質な音を立てながらゆっくりとドアが開く。朱色に染まったその風景は告白にはもってこいの場所である。そんな神聖な場所にふたりの男女が入って行く。そして若林は優の方を向いて何かを言う準備を始めるかのように、律儀に手を前に組んで優の前に立った。
うおおおおぉ来たぜこの瞬間!こんな俺にもこの時が訪れるとは!答えはもちろんyesだ!さぁ言うぞ!噛まずにいうぞ!
そして、若林瑠璃は夕陽のせいなのか赤く染めた顔をしながらペンダントを少し触って深呼吸して、言う。
「神木優さん」
「はい。」
「私と────」
さあ来るぞ来るぞ!
「私と異世界を救ってください!」
「よろきょんで!」
うんんんんんんんん?????
優は顔を上げず、目を瞑り、今起こったおかしな状況に、苦笑いによるニヤケ顔をしながらお辞儀をした状態でそのまま硬直した。