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傲慢

作者: 準々

 僕は傲慢な人間です。

 いえ、今更いうことではないんです。高校生の時、中学生の時、小学生の時、あるいは物心ついた時からそうなんです。

 しかし、それをはっきり自覚したのはつい最近のことです。気づくのが遅いと言われてしまいそうですが、仕方ありません。

 すべては無意識のうちの出来事なのですから。


 それは先週の木曜日。

 昼前に大学の講義が終わり、暇なので大阪梅田まで足を延ばそうとしたときのことです。その時僕は、鶴橋駅から大阪環状線内回りの電車に乗って大阪駅をめざしていました。

 電車に揺られ、文庫本を眺めながら目的地に着くのを待ってると、京橋駅である男が電車に乗ってきました。

 僕はその気配を感じ取ると文庫本から目を外し、その男をふと見て、心の中でため息をつきます。

 酷い猫背で歩くその男の服装は、薄く土のついた黒いジャンバーと同じく土のついた茶色のズボン。背は低く、くすんだ緑色の帽子をかぶっていて、その顔は皺皺で土のような色をしていました。

 男は片手に持った缶酎ハイを呷りながら電車の扉をくぐると、もう一つの手に持った萎れたスポーツ新聞を揺らして、ドカリ、と席に着きます。

 平日の昼ということもあって乗り込んでくる人数は少なく、また車内も人がまばらな状態だったので、男は僕の真向いの席に腰掛けました。

 男が慣れた様子で新聞を広げ文字を読み始めるまでを見届けると、僕は視線を文庫本に戻して、考えを巡らせます。

 ――なんだろう、あの人

 こころの中、最初の一声はそんなことでした。

 ――きっと体臭も臭いに違いない。ドブか生ゴミかあるいは公衆便所みたいな臭いがするのだろう。

 文庫を開いて何分か経つのにページは一向に進みません。

 ――あんな男に家族なんているのだろうか?いや、いるはずもない。あれは世の中からはじき出されてしまった哀れな男の末路なのだ。


 「次は大阪、大阪です」

 僕の思考をうち破ったのはアナウンスでした。

 文庫から再び目を外し、外を見るとそこは見慣れた風景。

 僕は手提げかばんに本をしまって、立ち上がります。

 やがて電車はその勢いをなくし、駅に着きました。でも、男は座ったまま、また酎ハイをあおりました。

 電車の扉が開き、駅のホームに降り立つ少しの瞬間、僕は再びそちらを見ます。そして思いました。

 あんな人間にはなりたくないな、と。



 人間には価値がある。そしてそれは、賢ければ、運動ができれば、人間力があれば、黄金ほどの値が付き、なにもなければ鉄くずか、粗銅ぐらいの値段にしかならない。


 これは小学生のころからの信条で、今まで僕のそれが揺るいだことはありません。

 今の時代、学歴社会とは言いませんが、テストの点がいい人間が尊敬され、「いい大学」を卒業したものだけが大企業に入ることが許されています。その他だって、スポーツマンは子供たちの夢になるし、人間力のある人間にしか社長はできません。

 やはり優れたものが評価を受けるというのは自然の摂理と言えましょう。

 まぁ、かく言う私は鉄くずですけど。


 しかし不思議なもので、僕は男の身なりを見た瞬間、奴にはたいした価値がないと、決めつけてしましました。男の何を知っているというわけではないのです。あの時初めて出会って、それからも見かけていません。でも、その時の価値観を改めようとは一切思えないのです。

 例えば、男の身なりがしっかりしていれば僕はこんなことを思わなかったのでしょうか?

 男が本当はエリートコースを突き進んでいたとしても僕にはそれを確認する方法がない。

 そしてふと気が付くのです。自分の傲慢さに。


 僕は人のある側面を見た瞬間、値踏みしてしまっています。

 可愛い、かっこいい、すごい、ださい、気持ち悪い。そうして査定して、自分より価値がないと踏んだ人間を言葉で蔑みながらも好み、それから薄ら目で見て、こいつより自分には価値がある、と満足するのです。

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