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2 鬼と女神の死闘!

 玄修羅の話に、朱夜叉はほとんど興味を示さなかった。

 北海道と呼ばれるようになった蝦夷地で、女神の末裔と鬼の一党が手を結び、なにやら国のようなものを作った。

 それを良しとしない勢力があり、幾度も干戈(かんか)を交えている。

 だからどうした、という話である。

 朱夜叉には関係がない。

 ただ、目覚めた理由は判った。

 ようするに、その戦いの余波を感じ取ってしまったのだろう。

「うむ。そういうだろうと思った」

 苦笑を浮かべる黒い鬼。

「判っているなら説明する必要はなかろう」

 他方、赤い鬼は冷然としたしたものだ。

「だが説明せねば、目覚めた理由を探すため、汝は徘徊しただろう?」

「当然じゃな。原因を探らねば安心して眠れぬ」

「それが困るから説明したまで」

 昨今の日本はきなくさい。

 普通であれば、逐われるだけの異能を持つ者が、うまく利用される可能性は低くないのである。

 そういう事態を避けるため、わざわざ鬼女の住処まで出向いて事情の解説をした、というわけだ。

「それに、探ったとして、澪の町おこしにたどり着いたら、それはそれで厄介ゆえな」

「町おこし、とな?」

「ああ。うまい料理で人をもてなす、というのが北の蛮地の住民たちの生存戦略らしい」

「ほう。美味い料理」

 朱夜叉が笑う。

 それはまるで、咲き狂う毒花のような艶やかな笑み。

 猛毒と知りつつ、手を伸ばさずにいられない。

 そんな危険な美しさだ。

「判っている。皆まで言うな。手配はしてある」

 ぐっと身を乗り出した朱夜叉に、両手のひらを前に出して制する。

 朱銀の姫君が食いしん坊万歳なこと、嫌というほどよく知っているのだ。

「ただし」

 むしろ玄修羅の方が、ずずいと顔を近づける。

 ものすごく真剣な眼差し。

 異様な迫力である。

 お前を殺す、とか言いだしても、ぜんぜん不思議じゃないくらいに。

「絶対にトラブルを起こすな。おとなしくしてろ。マジやべぇ連中だからな」

「う、うむ?」

 なんか良く判らないけど、かっくんかっくん頷く朱夜叉。

 じつは現代の若者言葉っぽいものだったから、あんまり理解できなかったのだが、判らないと応えた瞬間、がぶっちょと頭にかみついてきそうな剣幕だったので怖くて頷いちゃっただけだ。

 ものを食べるのは大好きだが、食べられるのは、たいして好きではないのである。




「これはりすとらんて(・・・・・・)じゃな。憶えておるぞ」

 レンタカーが滑りこんだのは、『暁の女神亭』の駐車場である。

 物産館に併設されたレストランで、二月のオープン以来、客が絶えたことはない。

 ここが澪防衛の要である出撃拠点だとは、一般客は知る由もないことである。

「そして異人じゃな……」

 駐車場で、誘導棒を振って車両の整理をしているのはアメリカ人たちだ。

 昨今の日ノ本では、べつに外国人は珍しくないとの説明はすでに受けている。受けているのだが、どうしてあの連中は珍妙な格好をしているのだろう。

 わりと格好いいデザインの軍服っぽいものはまだ良いとして、問題は左胸に張り付いた微妙なアップリケだ。

 かわいらしくデフォルメされた豚の顔。

 そして、『みおまちやくば ぽーくたい』というひらがな。

 意味不明すぎる。

 ちなみに、もともとはアメリカ海軍の軍服や陸軍の野戦服にアップリケを貼り付けていたのだが、現在はオリジナルデザインの隊服だ。

 ちょっとSFっぽい感じの軍服のようなデザインである。

 もうすこしおとなしいヤツにしようぜ、と、珍しく副町長が常識的な意見を述べたのだが、軍服っぽくてかっこいいと客たちから評判が良かったため、あっさり却下されたという哀しい過去があったりする。

 とてもどうでもいい。

「予約していた玄真ですが」

 運転席から降りた男が、ポーク隊とやらのアメリカ人に声をかける。

「少々お待ち下さい。確認いたします」

 もっのすごく流暢な日本語に、朱音とその従者も目を見張った。

「ポーク隊。レアリノ少尉より本部。応答せよ」

 インカムに向かって話しかけている。

 ぐらりと朱音がよろめいた。

「少尉……じゃと……?」

 たしか日ノ本の官位でそういうのがあったはずだ。正七位上くらいの役職である。

 なんで異人が朝廷の官位を名乗っているのか。

 とてつもない誤解に基づいて、凄まじい誤解が展開されているようだ。

「朱音ちゃん。気にしない。何を見ても何を聞いても気にしない」

 ぽむぽむと肩を叩き、玄真がなだめる。

「う、うむ」

 まだ食事をしていない。

 こんなところでつまづくわけにはいかないのだ。

「お待たせいたしました。玄真さま。四名さまでございますね。ご案内いたします」

 部下らしき者に誘導棒を渡し、異人の少尉が四人を案内する。

 西洋の城のような建物へと。

「暁の女神亭、の。まさか鬼たるこの身が女神の城に足を踏み入れる日がくるとはの」

 妙なおかしみを感じ、内心で笑みを浮かべる鬼の姫であった。

 入口をくぐると、背の高いコック帽をかぶった青年が迎えてくれる。

「ようこそいらっしゃいました。私は暁の女神亭の第二シェフ、山田と申します。お席までご案内いたします」

 軽く目礼してポーク隊と交代した。

 基本的に彼らは、食事をするスペースには入ってこない。

 なかなかの美丈夫じゃの、と、朱音は思ったが口には出さなかった。

 幸いなことに。

 つい先週、テレビ出演して(させられて)、アイドルの相手などをさせられた元スパイである。

 そんなことを言われたら泣いちゃったかもしれない。

 ちなみに、普通であれば、いくら予約客でもシェフが席に案内することはないが、なにしろ注文の量が半端ではないため、山田としてはいささか興味をもったのである。

 四名の予約で、注文は二十人前。

 どんな食欲魔神だって話である。

「ところで、テイクアウトメニューもあるとネットに書いてあったのですが」

 席へと導かれながら、玄真が質問した。

「はい。ございますよ。澪豚ザンギとトントロの煮込みの二種類です」

 これに加えて、イートインメニューは一品だけ。

 真・澪豚カツカレー。

 えらく大仰な名前である。

 ともあれ、たった三品で良くレストランとして成り立つものだと感心してしまう。

「では、それぞれ二十人前ずつお願いします」

「かしこまりました。食後にお持ちいたします」

 笑顔で頷く山田であった。

 さすが元スパイ。そんなに食うのかよ、と思ったにしても、声にも表情にも出さないのである。




 運ばれてきたのは、朱音も知っているライスカレーだった。

 違いとしては、器が別になっておらず、すでにカレーがご飯にかけられていることと、上にのせられた揚げ物だろうか。

 黄金のようなきつね色のそれは、食べる前から期待感がいや増す。

 ごくりと喉が鳴る。

「して、どうやって食せばよいのじゃ? 玄真」

「そのナイフ……包丁で食べやすい大きさに切って食べればいいよ」

「ふむ。下が飯では切りにくいの……」

 呟きつつナイフを取ってカツに当てる。

 ほとんど抵抗もなく切れた。

 溢れ出す肉汁。

 ご飯とカレーに染み渡ってゆく。

「なんと……」

 笑みが浮かぶ。

 心憎いばかりの細工。口に入れる最期の一瞬まで目を楽しませようとするとは。

 まずはカツのみを一口。

「ぬう……これは……なんじゃ……いったい……」

 うめき。

 真・澪豚カツ。

 澪の大シェフである薄五十鈴(すすき いすず)が、名古屋からきた男から着想を得て作り上げた、澪豚料理の最終兵器だ。

 ミルフィーユカツとメンチカツの良いとこ取り。

 一枚肉の食感を残しつつ、柔らかさとジューシーさを追求した一品だ。

「ぬぐ……うあ……」

 言葉にならない。

 ほどけてゆく。

 心が。

 千歳(ちとせ)の微睡み。それは、これを食するためのものだった。

「や。百四十年くらいしか寝てないよ? 朱音ちゃん」

 いちおう、義理として、玄真がつっこむがまったく聞いていなかった。

 くわっと目を見開き、猛然と匙を動かし始める。

「おおう……目覚められた……」

「朱夜叉の眠り姫が……ついに……」

 ぼそぼそと言葉を交わす右衛と左衛。

 覚醒の鬼姫。

 暁の女神亭は、もう眠れない。



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