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 大晦日の夜。

 僕は店のテーブルで『天の本』に報告をしていた。

 対となる『地の本』を探して、ネットや図書館で調べた。どんな本でもあるという国立国会図書館は僕の年齢では入館できないので、オンラインの蔵書検索をしてみた。『地の本』の情報はどこにもなかった。

 神田の古書店街にも行って訊いてみた。

 あの界隈の古い店で千年の名を知らない店主はいない。

 あちこちの店でおじいちゃんやリズのことを聞かれ、話し相手になり、お菓子や本、おじいちゃんが写った昔の写真なんかを貰っていたら、帰る頃にはカバンがぱんぱんになってしまった。

 けれどあの本の情報は何も得られなかった。

「今度は私設図書館とか大学の研究室とか、そういうところも探してみるつもりです。待っててくださいね」

 相変わらず『天の本』は沈黙を守っている。

 開かせてもくれない。

 けれど、光を発して答えてくれるだけで、今の僕は満足だった。

 初めて一人で超えた難関だったからだ。

 まだ問題が解決したわけではないけれど、自分の力だけで一歩でも前に進んだという確かな手応えは心地よいものだった。

 今まで、千年堂を継ぐということに対して、僕は抵抗を感じていた。

 それは、筆業師としての力を駆使した、支配的な方法による解決に対してのものだった。

 でも僕には、もう一つ、力がある。

 触れれば、その本の想いを視ることができるという力だ。

 なぜそんな力があるのかは、いくら考えてもわからない。

 でもこの力が五代目とは違う筆業師としての道へと導いてくれる、そんな確信が、今の僕にはあった。

 五代目はといえば、昨日のうちに浄化を済ませてしまった。

 あの本は穢れを取り除かれた上で、その意識を深く封じられた。五代目は浄化が終わった後からずっと爆睡していてまだ起きてこない。

「お雑煮の匂いがすれば跳び起きてくるわよ」

 リズが笑っていたので、大丈夫だろう。

 滑り込みで正月を迎えられそうである。

 報告は終わっていたが、店を出る前にもう一つやっておくことがあった。

「あの……訊きたいことがあるのですが」

 声をひそめた。

 僕は『地の本』を探しながら、別のものを見つけてしまった。

 それは、神田古本街のある店の店主がくれた写真の中にあった。

 僕は小さかったからお母さんのことは全く覚えていないし、何故かうちには写真がない。だからお母さんの顔は、昨日、貰った写真を見るまで知らなかったのだ。

 僕はテーブルの上に置いていたその一葉の写真を手にとった。

 お父さんとお母さんとリズが写っている。お母さんの腕の中には、おくるみに包まれた小さな僕が眠っていた。

 お母さんの髪は、リズと同じ、綺麗な亜麻色だった。

 写真の中のお母さんは、あの本が見せてくれた縁側にいた亜麻色の女性にそっくりだった。

 あの場所では、小さな子供二人が母様と呼んでいた。

 だから間違いかもしれない。

 だって僕のお母さんは僕が二歳の時になくなっているはずなのだから。

 あの子供は僕ではなかったし、僕に兄弟はいない。

 本が作り出した世界だから、何かが交じっていてもおかしくはない。

 でももし、お母さんが視えたのだとしたら?

 僕はいてもたってもいられなくなった。

 本を二つに裂いたのがお母さんなら、『天の本』はお母さんを知っているはずだ。

 僕の心はどきどきと高鳴った。

 一つ、深呼吸してから、僕は訊いた。

「あなたは僕のお母さん、千年凜を知っていますか?」

 『天の本』は何も反応しなかった。

 しばらく待ったが、様子は変わらなかった。

 少しだけがっかりしたが、そんなにうまいくこともないだろうと気を取り戻したときだ。

 本が小さく光を放った。

「知ってるの?! やっぱり、お母さんなんだね!」

 ほわりとイエスの返事。

 僕の体もほわりと体温が上昇した。

「そっかあ〜。僕、小さかったからお母さんのことほとんど覚えてないんだ。写真もないしね。もし僕が『地の本』を見つけたら、お母さんのこと、ゆっくり教えてくれますか?」

 今度はゆっくりと点滅する。

 それはとても優しい明滅だったけれど、どこか淋しそうな光だった。

 相棒の本が見つからなくて淋しいのだろうと、僕は解釈した。

 僕が『地の本』を見つけるまで、どれくらいかかるかわからない。長い時間かかるかもしれない。

 でも、筆業師として仕事をしていれば、いつか出会えるかもしれない。

 きっと見つけてみせる。

 新しい年を目の前に、僕の心は浮き立っていた。

『母のことを聞いてどうする 六代目よ』

 どこかの本棚から低い声がした。

 ちゃかしもせず、珍しく普通に話しかけてきた。

「ただ知りたいだけだよ。だって自分のお母さんのことだもん。それから、僕はまだ六代目を継ぐって決めたわけじゃないからね」

『知りたくないことまで出てくるかもしれぬぞ 知らなければよかったと思うことがあるやもしれぬぞ』

「なにそれ、脅かしてるの?」

『そなたの覚悟を問うているまで』

 なぜそんな覚悟が必要なのか、訊いても教えてくれなかった。

 元々、ここの本たちの言葉は意味不明が多いから、気にしても仕方がない。

 今の僕は、ただただ、知りたいという望み、知ることができるかもしれないという希望ばかりに満ちていた。

「僕はお母さんのことなら、なんでも知りたいよ。どんなにがんばっても、もう会えないなら、なおさらどんな小さなことも僕が覚えていたいよ。夢の中でいいから、会いたいんだ」

『……ページは繰られた』

「え?」

 意味不明な言葉を残し、その本は黙り込んでしまった。

 僕は古書店で貰った家族の写真と一緒に『天の本』をそっとしまった。

 町のどこかで、除夜の鐘が鳴り始めた。


(了)


最後までお読みいただきありがとうございました。

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