#9 犯人
▼犯人
まず、直紀が呟いた。
「ん?何処かで見た顔だな……」
はっきり覚えている訳ではないが、何処かで見た顔だと思ったらしい。それも、出くわしたとかそう云う類いではない。カシャカシャと直紀の頭の中でコンピェーターが作動する。こうやって過去のデータを洗っているのである
それは、宮古空港の搭乗手続きが終わっても続いた。思い出せないとどうも気に掛かるらしい。否そう云うものだが。かなりのスピードで過去のデータをはじき出して行く。しかし、飛行機に乗った今でもまだ続いていた。
「思い出せない……」
ボソボソという直紀の独り言が耳につく。
飛行機に乗った叶と朔夜と水城は飛び立とうとする楽しみを感じながら席に着いていた。しかし、何度も繰り替えされるその言葉が気になり耳を傾けざるをえなかった。
「お前が思い出せんのやったら、大した人物でもないやろ?気にすんなや?」
叶は呆れて言葉を発する。
「単純な頭の持ち主はそう云うのであろうな。でも簡単に割り切る事は出来ん……」
ちょうど直紀の視界に入る位置にその人物は座っている。二十歳半ばと云った感じで、サングラスをし、髭をはやした人相に、沖縄にいるというのに暑いだろうと思われる厚手のコートを身に纏っている。それ以上特に特長はないが一風変わった感じの人物。
「何かの手配にかかっている覚えもあるのだが、何の事件だっただろうか……」
その言葉に、水城はあっさり、
「あの人、殺人犯だよ。しかも、いわく付きの」
水城は、自ら用意していたスナック菓子を背負って来たリュックサックの中から取り出し興味無しに口に頬張りながらポロリと呟いた。
その言葉に、直紀たち三人は言葉を失った。
「何?何故お前にそんな事が分かるんだ?」
「私は何だって分かるよ。ユタの血も引き継いでるから……と云っても、過去の事しか分からないけど?未来を知るカは無いから」
我関せずと行った風情でお菓子を頬張りながら興味無しに云う。それを眺めながら直紀は、
「殺人犯……あ、思い出したぞ!確か、鹿児島で指名手配している連続殺人のあの犯人に似ているのだ!」
そう叫ぶや否や、直紀は直ぐさまベルトを外しその者が座っている席へと足を運んだ。念のため懐に拳銃を装備して。
「俺はこう云う者だ。少し話を聞かせてもらえまいか?」
単刀直入。警寮手帳を見せたとたん、男は焦った様にサングラスで表情が分からない顔を一瞬強張らせた。
「刑事が……俺に何の用だ?」
とぼけるような振りをして供え付けの雑誌に目をやる。
「鹿児島で起きた連続殺人犯人の似顔絵……お前はそれに酷似している」
その言葉に、
「似ているってこんな顔の人間など何処にでもいるだろう?他人のそら似で犯人扱いされても困るのだがね〜」
犯人と断定した訳ではない。それなのに自ら犯人では無いと云った。何処までもシラを切るつもりなのであろう。それを見越して、
「では、そのサングラスを外してもらおうか?三好浩輔」
ハッキリと思い出している直紀の頭の中は、まるで殺人現場に居合わせたかのような映像のように鮮明である。
あの連続殺人事件は悲惨だった。単なる物取りなら可愛げが有る。しかし無差別に人を殺して楽しんでるかのごとくの現状。犯行現場に残された、一台のビデオカメラをも意識し、英雄気取りでピースサインを残し立ち去っている。これは全国ネットで報道されそれを元にし指名手配をされていたはずだ。
「サングラス外せって?そんなんで俺を捕まえよう何て甘いんだよ!」
開き直ったのか、突然ベルトを外し立ち上がる。
瞬時に直紀を突き飛ばすと、座席前方へと走り始めたのである。
「お客さま、ただいま飛行機は飛び立った所です。まだお歩きになられては……」
「邪魔だ!どけ!」
スチュワーデスの女性をも退けコックピットへと猛ダッシュをし始める三好浩輔。しかし、途中でその足を止めた。
突然の騒ぎに何が起こったのか分からない乗客はその男の行動に注目す。朔夜、叶もその事に気が付き倒れている直紀の所まで駆け寄った。
「ハイジャック、一度経験しておきたかったんだよなあ〜」
舌砥めずりをし、歓喜の表情の三好浩輔。サングラスを取り外し振り向きざま身に纏っているコートを広げてみせた。そこには数十個にもおよぶ手製のダイナマイトが取り付けられていた。
これには乗客の恐怖を駆り立てるものがあった。しかし、その騒然とする空間に、ただ独り静かにそれを眺めているものがいた。水城である。
「おじちゃん?そんなもの身に付けて何しようって云うの?」
平然としたその言葉に、ガキが事の次第を飲み込めてないのだとせせら笑うだけ笑っている三好浩輔。
「お前らはここで死ぬんだよ。誰にも邪魔はさせない。恐怖におののいて死ね!」
コートのポケットからライターを取り出し火をつける。ブワッという音が辺りに響いた。
周りは混乱に陥り、悲鳴が上る。しかし、次の瞬闘、そのライターは大きく火を放ち弾けとんだ。
「何!?」
三好浩輔は何が起きたのか分からず、それを手放した。すると、床に転げ落ちた際、絨毯に引火したのである。
広がる火の海。
「これだから、頭悪い人は困るんだよね〜」
水城はベルトを外し、朔夜達の側迄歩み寄ると静かに印を結んだ。
「沈!昇華!」
すると勢い良く燃え上がったその火が操られるかのように静かに鎮火して行った。ただ黒焦げになった床の跡だけが残る。
そして、前方から後方に座っている人間に向って青白い炎をロから吹き出した。それが辺りに充満する。
すると今迄騒がしく恐怖におののいていた者達の目蓋が次第に閉じて行った。
「何をしたんや?水城……」
呆気にとられていた叶は目を瞬かせながら水城に問いかけた。
「一種の催眠術。わざわざ陰陽師の技を他人に見せつける必要はないでしょ?」
確かに、水城が云う事は正解だ。こんな所見られると後々厄介ではある。ただしこの事件は闇に葬られてしまうが……
「おじちゃん……確か朔夜って言うのよね?夢を売買出来るんでしょ?それを応用して、記憶操作出来る?これだけの人数がいると、一気に片が付くとは思うんだけど」
しかし、昨日の夜睡眠をとってしまった為朔夜は躊躇った。
「出来ないの?」
「いえ、何とかしてみましょう……」
水城の口調があまりにも自分を試しているかのようで、ここで後には引けないと思った。挑んだ事の無い分野であり、自らにそのカが有るかどうかなど分かりもしない。しかし占夢者を生業としている限り醜態は見せられない。それに、足手纏いと罵られるのはごめんであった。
そこで、一気に息を吸い込むと後は叶達に任せることにして、やった事の無い未知の領域へと足を踏み込んだのである。
その様子を静かに見詰め、水城は微笑むと、再び現状に取り残された連続殺人犯、三好浩輔に目を向けたのである。
「私の前ではそんなもの何の役にも立たないわよ?どうする?ここは空の上。逃げ場はない事だし神妙にお縄に付く?」
直紀を前に水城は薄っすらと笑みを向ける。
「ふざけるな……こうなったら!」
突如、前方へと身体を向けると、一気にコックピットへと駆け出した。それに気が付き、叶、直紀、水城はその後を追いかけた。
狭いコックピット内は、後方で起こった事を知らずに、安全に那覇空港迄のフライトを続けていた。
しかし、それがいきなりの侵入者で阻まれたのである。
突如、揺れる飛行機。後を追いかけていた叶達一行は壁に体をぶつけるハメにあう。
「にゃろ〜何をするつもりやねん?」
「コックピットに向ったって事は、操縦を回避して何処かに不時着させるか、落下させて心中するかのどちらかでしょ?お兄ちやんはどっちがお好み?」
好みも何も、死にたくはない。その質問に、
「バカをぬかすな!そんなの決まっているではないか」
「生きる」
叶と直紀は声をそろえて叫んだ。
「グーな答えね」
一気に揺れる狭い通路を駆け抜け叶達はコックピットへと入り込んだ。