#6 ユタ
▼ユタ
初七日を終えた叶は、何も思い残す事なく泉神社を後にした。
昨夜、一応母と父に自らの意志を伝えた。しかしそれに関して、全く関心を払わない両親であり、また、ただその申し出だけを聞き入れただけで何も叶に注意もしなかった。そして、父はこの泉神社の後継人として叶を押す事はしないと固く断言するだけだった。叶は知らなかったが、叶が出て行ったその後生まれた弟の涼に継がせると決めているらしい。
そんな両親を冷やかに見詰めて夜は明けた。まだ朝早いので冬先の冷え込んで来た空気を駅で感じ取った。しかし、これかち先の事を考えるとそんな事を云ってはいられない。引き締めた表情をした叶はくぐって来た鳥居を振り返る。
見納めになるやろか?
そしてその奥の大きな御神木に目をやる。一瞬何かを呟きそうになったが思いとどまり、行くべき方向へと振り向いた。それから二度と振り返らなかった。
「あれ?朔夜……早かったなあ?」
混雑した関西空港に到着した叶は、既に持合所に座っている朔夜を見るなり目を丸くした。
「結局昨日大阪に到着して、近くのホテルをとったのですよ」
朔夜は、そう云うなり、叶の後方を指さした。
「なん?」
振り返ると、そこに直紀が突っ立っていた。
「うおっ!吃驚するやん!黙って人の後ろに立つなやお前!……って何でお前がここにおるんや?」
驚きのあまり、思わず上げた大声が辺りに響く。人々がその様子に視線を向けていた。
「京都に赴くはずであったが、都住からの連絡を聞き急遽行き先を変えた訳である。俺が同席して不満かな?」
つまり、京都に赴いても事件を解決する術は無いと踏んだ為、どうせなら朔夜や叶の動向を見ながら事件解決?に役立てようと考えた訳である。その中に好奇心と云うモノも有りはするのだが…
「暇なんか?もしかして……」
「そんな事は無い。これも公務である。それにこの警察手帳が役に立たぬと云う訳でも有るまい」
懐からわざわざ取り出してみせるその手帳を見せながら直紀はシレッと宣った。
「ま、好きにせえや…で、肝心の神楽さんの行方は知れんのやな?」
「ああ、それに関しては部下に捜査してもらっている。多分錦織雅樹と云う者の行方を知り得る迄拉致があかないとは思うが」
叶の探索の手は既に回っているが、見つけだせない。つまり、お手上げ状態なのである。
「マサキが術を使う事になると、神楽さんの事が気なるなあ〜逆凪を思いっきり気にせず使う事ができる訳やし……でも何だってまたこんな事をしでかしたんやろか?」
朔夜のことを思うと、あまり神楽の事を云いたくは無いが、叶は一応把握しておく必要もある。
「さて、搭乗手続きをしないといけない時間になりましたよ。急ぎませんか?」
少し、上の空になっていたのか?神楽の話には首を突っ込まず、朔夜は促した。
そして、沖縄行きのチケットを手に持ち搭乗ロへと手荷物を携えて三人は歩き始めたのである。
二時間掛けて沖縄、郡覇空港に下り立つと、そこは大阪とは違う空気が流れていた。まだ気候の良い温暖な空気。着ている服では暑すぎると上着を脱ぎはじめる一行。
同じ日本なのに、この気候の違いは不思議であった。が、気分は良かった。旅行者や、地元の人の温かさが心地良いから。
叶達はまず地図を見ながら、現地点を確認する。そして、沖縄本島の晴眼の巫者、ユタを生業としている聖地を訪れる事にした。沖縄には、ユタのように家内での不幸や占いをする人物や、村の祭りを取り仕切るノロや、ツカサなどの神女が今もいるらしい。その辺りから探ろうと思い立った。
今のユタは商売を意識してか、大都市の邸覇市に分布しているらしいことはタケシーの運転手からの情報であった。しかし、その中でももう引退して、大都市から身を引き、一番の神聖な地。御嶽の有る場所で弟子を育てていると云う人物に心当たりがあると云う事なので、その人物に会おうとタクシーの運転手に全てを任せ朔夜達はそこから動いた。
「変やな……何か遠ざかっているような感じがするわ……」
叶は、何かを感じ取ったのか流れ行く町並みを眺めながら呟いた。しかし、タクシーはノンストップで動いて行く。そして、その運転手の運んでくれた先は海岸線の小さな山の麓で朔夜達はタクシーを下り、お札を云って山の項きにあるその聖地へと赴いたのである。
そこにいるユタは女ばかり揃っていて、迂闊に男が入って行くのは容易では無かったが、直紀の手帳が役に立ち、中に通してもらった。
しかし、その師匠格の人物とあいまみえる迄、かなり時間が掛かった。それもそうだ。アポもとらずに、突然押しかけてもそれはそれで問題があると云うものである。通されたその神聖な場所は、木造の掘立て小屋のような所であった。
「お話はあらかた聞きました。それで、あなた方は陰陽五行の陰陽師を捜しに参られたそうですね?」
標準語で問いかけられ取り合えずホッとした。
沖縄の方言はかなり解読しにくいからである。しかも、かなり年輩の方なのでやりにくいと云うのもあった。
「そうなのです。こちらに、その五行を司る方はいらっしゃいませんか?」
朔夜は静かに問いかけた。
「残念ながらおりません。ここには、ハンジ(吉凶判断)マブイグミ(祈祷の一種)ヌジファ(死雲供養)を生業とした者達が集っている庶民に根強い需要ある巫者で成り立っております。それに、沖縄全土を合わせても、千人〜二千人のユタが居りますが五行を操るような者は滅多に現れませんよ」
その言葉に、
「なんや、期待外れやなあ〜」
ボソリと叶が呟くのを、失礼であろうと直紀と朔夜は座布団に正座している叶の足をつねった。
「痛い……」
ただでさえ長い間正座していた為、疹れを切らしていた。その上に潮激を受け思わずロに出してしまったのである。
「若い方には正座は辛いでしょう?足をくずされても結構ですよ……」
苦笑いしながらその老女は叶に促した。すると、気にせず胡座をかきはじめる。その様子を見ていた朔夜と直紀は呆れた顔をした。
「ただし、この沖縄本土にはいないと申した迄でして、噂では、宮古島に弟子格の優秀なユタ(神カカリャ)が生まれたと聞き及びます。念のため足を運んでみるのはいかがでしょう?」
優秀なユタ?それが、五行を司る陰陽師であるかどうかは分からないが一つ手がかりが出来た。
「宮古島には、郵覇空港から飛行機に乗るか、船を利用するかで行き来が出来ます。このくらいの情報でしかお投に立てませんが、他にやらなければならないことがございまして、この辺で失礼させて頂いてよろしいでしょうか?」
何かと、忙しい身なのであろう。その事を察した三人は、お礼を述べ速やかに下山した。
そして、再び那覇空港へとタクシーを呼んでもらい足を運んだのであった。
宮古島は沖縄本島から南西に位置する小さな島である。三人ともその島に行った事がない為土地勘が無い。不安材料は揃ってはいるが、南国の気候は良いなあと云った感嘆の声は上がる。まだ初夏だと云ってもおかしくなく、少し厚めの半袖でも十分であった。
夕食前ではあるが、フライト迄の時間を考えて近くの店で食事をとっておいた。
「郷土料理って良いもんやなあ〜ゴーヤチャンプルー一度でええから食べたかったんよ〜」
その土地の食事をとる事を楽しみながら二人はテーブルを囲う。まだ見ぬ陰陽師の事は忘れて敢り敢えず一息付いた頃、搭乗時間が来たので席をたった。
宮古島に着くと、沖縄本島よりものんびりとした空気が三人を取り巻いた。まるで楽園のような蒼い海に珊瑚礁。こんな所で事件が起こる事も無いだろうと思える程、穏やかである。
しかし、ここにいると云われるその者を捜し出すのは難しい。そこで、近くの交番でユタに関する事を聞こうと空港から歩き出した時、一人の小学三年生くらいの少女が後ろから叶の足にしがみついて来たのである。
「ハイタイ。お兄ちゃん?何処に行くの?」
その子は長い髪を頭の上の方、横で二つに丸く纏めた可愛らしい少女であった。そしてハイタイとは、こんにちはと云う意味である。
「ん?どないしたん?お母さんとはぐれたんかいな?」
叶はその足を止めて振り返るとその子供の背丈に合わせでしゃがみ込んだ。
「ううん。違うの……お兄ちゃんに用があるの……着いてきてよ!」
それだけ云うと、女の子は逆方向にスタスタと歩き始めた。
「何ですかね?叶を見知っているような感があったようですが?」
朔夜はそうは云うが、全く知る者でもない。大体、叶に宮古島に知り合いなどいるはずがないのである。
「なり振り構わず愛嬌振りまいておるからだ。子供にも人気が有るとはお前……ロリコンに目覚めるなよ?」
茶化したように直紀が云うものだから思わず叶は顔をしかめた。
しかし、行くあても決まらずうろつくのも面倒だと二人は思い少女の後を追いかけた。
「お兄ちゃん?」
「何や?」
道中、かなりな距離を歩いたような気がする。と云うより、大荷物を抱えて少女の手を握りその上歩幅を合わせているからと云う事もあるのかも知れない。
「何故、そんなに気を垂れ流しているの?習わなかった?」
「気?」
叶は、この少女が云いたい事が分からなかった。
「人それぞれが持っている『気』よ……それじゃあ、自分が陰陽師だと名乗っているのと同じだわ?習って無いのなら後で教えてあげる」
それでハっと気がついた。この少女が云いたい『気』とは、自らが言う所のオーラなのだと。
「お嬢ちゃん。アンタまさか見えるんかい!てか俺が陰陽師と何で分かったんや?」
叶の後ろをついて歩いいている朔夜と直紀もその言葉を聞いてハッと警戒心を強める。今迄この少女の見た目に騙されてノホホンとついて来たが、考えてみたら妙である。
「おじちゃん達も、しっかりついて来てね。お荷物は嫌いだから」
叶がお兄ちゃんで、朔夜と直紀がおじちゃん?一瞬叶は笑いそうになったが、ここは控えておいた。そりぁそうだろう、この子から見たら、おじちゃんに間違い無い。しかし、後方から殺気を感じた叶は取り敢えず先ほどの質問に話を戻した。
「黄緑色の『気』は滅多に無い色だからよ……学んで無いの?まあ粗悪な環境で育って来たならしょーがないけど……良いからついておいでよ」
粗悪な環境と罵られてさすがの叶も一瞬腹を立てそうになったが、自ら見えているオーラを確かに把握していない分何も云い返せない。ただ、この少女は可愛いくせにかなり口が悪い事だけは良く理解した。
それから十分経った所であろうか、少女が云う目的の場所に辿り着く。この宮古島では珍しく大きな屋敷であった。赤瓦葺の屋根に沖縄特有のシーサー。石敢當などは至る所見受けられるがその中でも圧倒的に雅びやかである。
「おばあちゃん、連れて来たよ」
その屋敷の一番奥になるのであろうか?大きな広間に通された。
「よう参ったな。硲家へようこそ。そこに御座りになられて下さいまし」
九十歳はいっているであろう?かなり年老いた老女が叶達を待ちわびでいたのか、静かに腰を下ろしていた。
「こちらに到着される前に、沖縄から連絡が入っておりました。それで水城を迎えに行かせたのです」
厳格な威厳ある老女はそう云うと、静かに微笑んだ。しかし、
「連絡と申しますと、沖縄本島のユタの師匠格のあの方でしょうか?」
「そう、尚古さまからです。五行の陰陽師を捜していらっしゃるんですわね?」
そこ迄云うと、叶が勢い余って乗り出すように訊き出した。
「ここにおるんか?その五行を操る陰陽師は!」
「おります。ほれここに……」
すると、その老女の横にちょこんと座っている水城の肩をポンポンと叩いた。
「は?」
叶は絶句した。今の今迄一緒にいたその生意気な少女が陰陽師?それもこんなに小さい子が?確かに本島の師匠格の人物は産まれたとは云っていたが、こんなに小さいとは思っていなかった。
「今、私の事をあり得ないとそう思ったでしょう?そういう固定観念が『気』さえ操れないことに繋がるんだわ!」
機嫌を損ねたのか、水城は可愛い顔を思いっきりしかめた。そして、
「おばあちゃん、本当にこの人なの?」
と、訝しげに問いかける。
「千里眼のカは問違い無いですよ。それに、代々伝わっている、言い伝えも違えて無い。あなたになら分かるでしょう?」
逆に水城に問いかける。
「……」
分かってはいるが、肯定したくない様である。
「で、五行の内、何を司っとるんや?」
早速話をもとに戻した。未だにショックは隠せないが。
「この子は火を司っております。もともと、この家はユタが多く生まれる者ばかりでしたが、ここ最近言い伝え通り、陰陽師の子が生まれ続きました。しかし今回は、珍しく一族とは掛け離れた水とは相反する火を操る者として生まれた時から大変な騒ぎでした。泣き声をあげる度に辺り一面火を放つものですから……」
その様子を考えると恐ろしい。よく火事を起さなかったなと思える程に。
「それで、言い伝えとは?」
朔夜は、まさか雅樹と叶を取り違えているのでは無いかどいう考えに到りその老女に問いかけた。
「それは……」
火の陰陽師この地に生まれし時、山城の国に集う陰陽五行蔓延る時、夢見ぬ黄緑色の『気』を纏いし陰陽師、それに立ち向かう。我忠す。五行集う事勿れと。
「つまりは、五行に生れついてその手助けをすべきでは無いと云う言い伝えなのですね?」
朔夜は素早く内容を把握し、問いかけた。
「そう云う事です」
その言葉に三人はホッと息を付いた。もともとそう云う事ならば、ここ迄足を運ぶ事は無かったのでは無かろうか?しかし、雅樹がこの地に訪れたとしたらどうであろう?色々と考えてみる。
そんな時、
「おばあちゃん?私、この人達と一緒に行って良い?」
水城のロから、とんでもない言葉がもれ出た。自ら出る必要もないのに、一緒に行きたいなどとはどう云う了見なのであろうか?危険な目に遭うかも知れないのに……叶達にはこの小さな水城の考えている事が分からなかった。
「良いですよ。あなたの思うままに行動しなさい。ただし、京都に赴く際は連絡を入れなさいね」
勝手に話を進めているこの一家はどう云う事なのであろうか?呆気にとられていたが、
「あ……ちょいまち!危険かも知れんのに、勝手に話し進めんなや?それに、子供連れの旅なんか、ごめんやわ!この先、広島に行って陰陽師探しをせなあかんのやで!」
その言葉に、
「子供、予供ってうるさいなあ〜これならどうよ?」
印を結び、呪文を掛け始める水城。すると、ポンッと云う音とともに、十四、五歳の女の姿に変化した。
「!」
変化の術?まるで、忍者でも見ている様であった。そこには幼かったあの水城はいない。少なくても中学、高校生並の少女だ。
「これなら文句ないでしょ?ただしこの術、目くらましだから、長くはもたないけどね……」
舌を思いっきり出して、あかんべえをする辺りは子供である。すると、たちまち元に戻った。
考えてみたら、叶がこの歳には既に陰陽師として仕事をしていた。それを思い出し、
「しゃーないなあ……ただし、旅費はそっち持ちやからな……」
やむなく同行を許可したのである。
「移動は予供の方が何かと都合が良いから、子供に戻るよ〜だ」
確かに、子供料金を考えると、水城は小さいままの方が良いかも知れない。特に飛行機に乗る場合半額近く違う。
そんなやり取りを見て、微笑みながら老婆は、
「今日はもう遅いですから、御三人共ここに泊まっていきなさいまし。明日からまた移動でしょう?ぐっすり休まれると良い」
それだけ云うと、賄いさんに声を掛け、晩御飯を作るように促したのである。




