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#4 陰陽五行の敵

▼陰陽五行の敵


 親戚が去って行った後叶は、自ら滞在する為の部屋をあてがってもらった。居心地が悪過ぎたので、取り敢えず、離れの一室を借り切った。でも良園の初七日が過ぎるまでは大阪にいるつもりである。それに、良園の残してくれた物を読まなければならないと云う事もあった。

 乱れた文宇は、その時の良園の体調に依るものだろう。そう察すると、何故だかいたたまれない気持ちになる。でも、そうまでして書き残しておきたいものを無下には出来ない。そう思い、静かに読むことだけに専念した。

 それには次のような事が記されていた。

『夢見ぬ陰陽師が現れる時、それを援助する者現れる。その者、東の地にて逢いまみえ、その者と共に世に蔓延る五行の者と敵対す。それは山城の国を揺るがす事となろう。五行とは、宇宙を支配する五つの元素。(木・火・土・金・水)その者集いし時、破滅免れぬこととなろう。それを阻止すべく立ち上がり、各地を彷徨う。北の島。陸奥の国、武蔵の国、安芸の国、南最果ての島。その者達の出生の土地を』


「五行?」

そう云えば、雅樹は木の元素を操る陰陽師。その言葉を思い返していた。武蔵と云えば今の東京に位置する。と云う事は、北の島、陸奥、安芸、南の最果ての島。にその元素を操る陰陽師が隠れ住んでいる事となる。叶は、唖然とした。自分の知らない所で何かが起こり始めようとしている。

 そして、続きを読む。その後に記されている、良園のメモ書きを。

 北の島。陸奥。安芸。南の最果ての島は、順に今の都道府県を当てはめると、北の島が、北海道。陸奥が、青森、岩手、宮城、福島。武蔵が、東京。安芸が、広島。最果ての島が、沖縄に位置することになる。


 叶の空っぽの頭を考えてか、それぞれを書き出していた。調べる手間を考えると有り難い事である。そして、この書物は、『八世紀から九世紀頃』に書き記された物であるらしい。

 しかし、この曖昧な広い土地を記されても、どうやって見つけ出せと云うのであろう?それに関する事に良園は全く触れてはいない。

 だけど、見つけ出してどうすれば良い?五行を司る者達が揃うのを阻止するだけで良いのだろうか?逆に味方に付けると云う手を考えてみるが、雅樹の『運命の輪は回り始めている』と云う台詞を思い返すと、既に見つけ出しているかも知れない。

 少なくとも既に分かっている事。一人は敵なのである。

 あと四人……

 そして、二枚目の束を読みはじめる。


「五行集う時、夢見ぬ陰陽師、逢いまみえた東の者の助け舟の手により無き夢を手に入れる事となる。そのカは莫大なカを秘め、夢の世界を喰い尽くす事になるであろう。それを阻止するのは、巫女なる者。その者力を温存し、夢見ぬ陰陽師と相対することとなるであろう」


 何の事だか分からなかった。まず先ほどからある東の地にて出逢ったのは紛れも無く朔夜である事は分かる。しかし、巫女とは?それに、夢の世界を喰い尽くす?自分が一般的に知っている『貘』になるというその予言は本当なのであろうか?いや、考えられない……一体どうやって?

 夢を知らずに生きて来た叶にとっては、謎に満ちあふれていた。

 そして、これは朔夜にも関係する事だと思った為、いち早く知らせねばならない。それが、一番の解決策なのでは無いであろうか?全ては千年以上前から記されている。その後味の悪さは一言では言い尽くしがたい。そこで占夢者としての朔夜の意見を聞きたいとそう思い始めた。


 そして、五行の相克と相生についての事が書き記された三枚目の紙を見る。一時期その事を習った覚えはあるが、もう記憶には無かった。あの頃は簡単な厄よけだけを目的とした仕事しかしなかったからである。

 相生とは木→火→土→金→水→水を生ずる。相克とは木対土。土対水。水対火。火対金。金対木に勝つ。


 と云う自然の流れと、相反する物から成り立つ。と云う事である。

 それを良園は分かりすく略図で記していた。確か、雅樹は木を相生とそう云い放った。つまり、水を使った攻撃は相手を有利に立たせるのだとそう悟った。ならば、それに相反する必要な五元素は、金か土と云う事になる。その人物に何とか出逢い、味方に付けなければならないであろう。しかし今雑樹は、何処を彷徨っているのであろうか?もしかしたらもう手後れ?叶の心には焦りが生まれていた。ここでこうしていて良いのであろうか?時間が叶の胸を切り刻んでゆく。

 そして、最期に長く書き記された紙の束を読む事になる。

 そこには、塚原家に伝えられてきたのであろう秘伝の陰陽術の一式と、良園の遺書が残されていた。

 取り敢えず、陰陽術一式は後回しにして、遺言を先に読む事にした。


「もし、儂の最期の言葉に間に合った場合、これを読んでいる事になるであろう。儂は跡目は叶、お主に全てを託したいと常々そう思っておった。しかし、お主は儂の前から立ち去った。無理も無い事やと分かってはおるものの、儂は自らを叱咤するよりも、お主に恨み言の一つくらい云いたいと思っとった。手塩に掛けた逸材に裏切られたのやからのう……しかし、ここでは敢えて書けぬわ。お主は儂を憎んでおるか?やけど、この書物を解読し終えた今、お主が望む生き方を選んで欲しいとそう願った訳や。やから、泉神社の後継者は、お主の父に一任する事に決めたのや。それが、これから先の塚原家に吉と出るか凶と出るか?それは儂にも分からん。しかし、お主には小さい世界で過ごすより、もっと広い世界で健やかにお主らしくありのまま生きてもらいたいとそう願っとる。それがどんなに過酷な世界であってもや。これが儂の本心で、叶に託す最後の遺言や。少しでも祖父として接する機会が無かった儂のこの言葉を受けとってくれると有り難いとそう思う。 良園」


 最後の方はもう読み取るのも困難な字で書かれていた。しかし、叶にはその心意気を読みとる事が出来た。そして初めてここまで来て声を出して泣く事が出来た。有り難いとそう思った。両親に疎まれ、でも、その影から理由はどうであれ、両親よりも深く叶を支えていてくれたのだと、そう実感した。この十年。遠い距離を経て心に気に掛けていた事。思っていてくれた祖父の心意気……それに応えなければならない。


 俺の行き先は決まったわ……じいちゃん。


 静かに叶は頭を上げた。


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