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#11 記憶

▼記憶


 その頃の朔夜は氷山の一角の夢の階層を通り抜け、人の記憶の階層に潜り込もうとしていた。

 初めての経験で、入り込んだ事の無い階層である。夢の階層を通り過ぎる時はさっぱりとした様な空問でいろんな人が見ている夢の光景が頭を通り過ぎて行った。

 しかし、止められた記憶の階層はドロドロとした空間でそこに入り込むには一苦労した。どのくらいの時間が過ぎただろう?全く分からない状況であった。

 それを抜け出ると、一本の導く様に光る線がいくつもに分かれて張り巡らされていた。しかしその線にのっかるとある地点へと朔夜を導いてくれる。そして、あの瞬間の時間の止まった空間に紛れ込んだ。

 その空間を見渡すと、驚きの表情と、不安にかられる人マの一コマが……表情が固まったまま静かに残されていた。

 どうすれば良いのか?夢の売買とは違う。

 そう考え込んでいると、人々の視線の先に有る三好浩輔のダイナマイトが目に入った。だからそれを外しとっていく。だけど三好浩輔の身体は石のように固まったままでその爆弾を取り外すのは容易であった。それを一まとめにすると刑事であるだけに、ま、ここで良いでしょう。と直紀の鞄に仕舞い込んだ。これで一つはクリアー。あとは、乗客達の表情や視線を変える事である。

 立ち上がった者、恐怖にかられた者、などなど……それを一人一人直して行く。そうする事で、記憶の中の抹消を試みた。見なくて済むなら記憶に残らないとそう踏んだのであった。

 地道な作業ではあったが、確実にそして、つじつまが合うようにしなければならない。それには労力がいった。しかし、それが大切な事なのだと分かっている為気を抜くことは出来ない。だから朔夜はこの作業を黙々と行った。

 そして、全てが終わったとき、この空聞から抜け出ようと始めに辿ってきた光る線に向って手を差し伸べ意識を上昇させようとした。しかし今の今迄止まっていた時間が、陳腐な3D画像のように歪みをもたらした。光る線が遠ざかって行く。

『これは一体、どう言う事ですかねぇ?』

 歪みまくる記憶の断片。不思議な現象になす術なく見守っている朔夜を取り囲み、四方から空間が体中を締め付け始めたのである。


 犯人逮山禰で、無事締めくくったこの事件。コックピットから帰ってきた水城は、自らの席に座ろうと足を運び始めた時、今眠らせてある乗客の異変に気が付いた。異変と言うより、霊的存在を充満させているその状況に気が付いたのである。そんな折、叶がトイレから戻り、直紀が犯人を連れて戻ってきた。

「おい。どういうこっちゃ?この状況まずいんとちゃうか……朔夜!」

 叶は、素早く感知し眠りに就いている朔夜を抱え上げ上うとした。しかし、

「触れてははダメだよ!こんな時に悪霊が蔓廷ってるなんて……どういうこと?」

「どうしたらええんや?」

「お兄ちゃんには、悪霊払いをお願いするわ。援護してね!私は記憶階層迄足を運んでみる!」

 云うや杏や、直ぐさま意識を飛ばす為に眠りに入る水城。突如床にバタリと倒れ込む。その姿に驚きの表情の直紀。三好浩輔もこの現状がよく分かってはいない。コイツラは一体何者なんだと云わんばかりの表情で訊し気に自由の効かない両手を眺めてから事の成りゆきを見つめた。

「塚原?これはどう云う事だ?」

「今はごちゃごちゃ云っとられんのや!……すまん事情は後で話すわ。少し離れといてくれや!」

 こう云った状況下で術に取り組むのは初めてである。失敗したら後戻りなど出来はしない。叶は朔夜と水城が倒れ込んでいる床に自らの人さし指を噛み切り血で五芒星を描くと結界を張り、その後素早く念を込めて空に九宇を切る。

「臨・兵・闘・者・開・陣・列・在・前!」

 そして、この乗客席に充満している悪霊に向って水城の援護の為術を放ったのである。


 水城自身も記憶階層に入るのは初めてであった。ユタであると共に陰陽師もこなして来た訳ではあるが、めったなことがなかったため記憶への干渉を試みた事はない。だから自分でも初挑戦である。

 朔夜にはああ云ったものの、自らどうすれば良いのか見当も付かない。取り敢えず、夢の範囲迄は到着する事が出来た。

 これだけの乗客がいれば流れては消えて行く思考の多さは数限り無い。分かってはいるものの、偏頭痛が起こりそうになる。

「記憶階層はどっちなのよ……」

 少しでも、針の穴のようなそんな小さな手掛かりでもいいからと目を見張るように周りを見回した。

 すると、歪んだ黒い空間がチラチラと水城の視界に入り込んでくる。それを頼りに一本の線に導かれて一気に夢の範囲を抜け出したのである。


「おじちゃん……掴まって!」

 幽か聞こえて来る声に気が付き、朔夜は歪んだ空間を必死で押さえて目を見張った。すると頭上に一筋の光があるのが見える。

「水城……ちゃん?」

 くぐもった声しか出せずもがいてはいたが、意識ははっきりしていた。

「これはどう云う事なんです?」

「良く分からないけど、霊が絡んでる。このままじゃ危険だよ。とにかく私の手に掴まって!」

 小さい掌が朔夜の目に焼き付いた。

 しかし、朔夜の記憶にあるフラッシュバックが音を立てた。忘れる事の出来ない事。父を蝕んだあの出来事。自ら入り込んだ夢にまうわる忌むべき出来事。それを思い出し、朔夜は水城の手を取る事を躊籍した。

「ダメですよ……水城ちゃんは戻りなさい…」

 朔夜はこの状況下、心から必死で叫んでいた。

 父のようになってもらいたくない。それが朔夜のこの状況下での想いであった。恐れている自分。助け手は差し仲べられているのにどうしようもない感情が朔夜の心を支配していた。その心を読み取って、

「私なら平気だよ。過去に有った事は、逃れられない事実だけど、それを乗り越えてこそ本当の自分を覚醒できるんだから!」

 過去を見通せる水城の事を思い出した。この少女には隠し事など出来ない。ハッと気が付いた。しかし徐々に狭まって行く空間。その中で、水城は必死で朔夜に呼び掛ける。割り切れない、自らでしか乗り越えられない岐路。それが今なのだとそう云い聞きかせる為に……

「私は陰陽師なのよ?信用できないかな?」

 その言葉に、朔夜は我に返った。自らの側にいる者は、過分にも自分を支えてくれる者だと気付いたのである。

「分かりました。お願いします……」

 差し伸べられた腕を掴み、こうして朔夜は歪みきったその空間を抜け出る事に成功したのである。


 抜け出た先は、一本の光る糸で紡がれていた。それを頼りに黙々と夢の範囲迄上昇する朔夜と水城。

「私ね、おじちゃんの気持ち分かるよ……」

 突然、水城から話し掛けてきた。

「?」

「私ね、お父さんと、お母さん殺しちゃったんだ。私のカのせいで……」

 それを聴き、朔夜に水城の横顔を見詰めた。自分と同じ境遇の者の言葉は初めてであった。

「五歳の時だったよ。今でもまだはっきりと覚えてる。夜中、寝室で目が覚めるとお母さんが、辺り一面の火を必死で水の術を使って鎮火してた。だけど、私の方がカが強くて、その行為はただの虚しい行為だった。制御できない自分のカにどうしようもなくて、ただ立ち尽くすだけだったよ。そんな私に、云い残したお母さんの最期の言葉は、『水城の名前は、火に対抗するべく為に付けたの。防波堤の意味も込めて。だけど無意味だったかも知れない……でもねお母さんは心からあなたを愛しているわ』煙り立つ部屋の中で、お母さんは笑って生き絶えたわ」

 どんな気持ちだっただろう?燃え行く自宅。死に絶えて行く肉親。炎に守られて生き長らえたこの子の心は痛みを感じなかったはずはない。物心付いた瞬間に消え去って行く大切な者に小さな手を伸ばさずにはいられなかったはずだ。でも、それは叶わなかった。

「……」

『分かるよ』と云ったこの水城の言葉は朔夜の気持ちを和らげた。比較している訳ではない。同情している訳でもない。この子は、それを乗り越えて、自分を見つめる事がこの歳で出来るようになっているのだ。だからこそ、朔夜のギリギリの気持ちを汲む事が出来たのだろう。それを凄いと素直にそう思った。

「ありがとう……」

「何の事?」

 水城は、惚けてみせてはいるが。灰かに頬に紅が差していた。照れるのは柄でもない。とでも云うかのように……

「それより、おじちゃんはやめてもらえるかい?僕はそこまで歳とってないから……朔夜で良いよ」

 話をそらす為に、朔夜は言おうと思っていた事をロに出した。

「……じゃあ、朔夜おじちゃん」

 一瞬考えるようにして、やはりおじちゃんと水城は念を押した。

「……何故おじちゃんなのかな……?叶はお兄ちゃんなのに……」

 少し頬が引きつっている朔夜に、

「だって、叶は精神年齢低そうなんだもん。で、朔夜おじちゃんと、もう一人のおじちゃん……」

「域戸君……」

「城戸おじちゃんって、精神年齢高そうなんだもん!」

 シレッと云って退ける。そんな水城に朔夜は、一瞬目を丸くしてからクスリと笑ってしまった。精神年齢ね……この本音を叶が聞いたらどう反応するであろうか?それを確かめるのは恐いので、取り敢えず、

「分かりましたよ。僕の事は朔夜おじちゃんで結構ですよ」

 納得し、了解したのであった。

 次第に夢の空間範囲に辿り着く。短くて長い道のりは、朔夜と水城の距離を縮め、そしてゆっくりと目を醒ました。


「大丈夫なんかい!朔夜!」

 まだ覚醒し切れない朔夜の表情を確認しつつ叶は問いかけた。少し青ざめている叶の顔色が印象的で、朔夜は柄じゃないですよと笑いかけた。その言葉にふて腐れる叶ではあったが、憎まれロをきけるようだったらと安心して一息付く。それより、朔夜は気にかかった。水城の容態である。ゆっくり目を醒ましたその少女は何事もなくシャっきり起き上がって眠り込んでいる乗客にかけた術を開放した。皆突然目を醒ましはじめる。

 朔夜の試みが成功したのか、今迄有った事をすっかり思い出す者はいなかった。そして何事もなかったように会話を始める人達多数。

 その姿を見て、水城を除く三人はホッと肩をなで下ろした。

 水城と云えば、お腹がすいたのか……自らの座席に座り再びスナック菓子を食べ始めた。朔夜の心配も何の事やら?とにかく無事な姿を見て朔夜は安堵した。

「心配は無用なようですね……」

 ボソリと呟く朔夜に、叶は何の事やらと首を捻っていた。でも、何はともあれ解決した事件を思うと取り敢えずゆっくり席に着く。その様予に気付き直紀は、

「那覇空港に着いたら。鹿児島迄この三好浩輔を引っ張って行くので、一時鹿児島に滞在する。先に広島に行っててもらおうか?後を追いかけて、広島西空港で降りるよううにして、後は連絡を入れる」

 犯人、三好浩輔の席横に座って叶にそう伝えた。

「ああ、そうしてくれや。一つ手柄も増えた事やし、お土産期待しとるで?鹿児島と云えば……何やろなあ?さつまいもか?」

 そんなあまりにも知識のなさと自分本位な叶に少し苛ついたのか、

「冷め切ったさつまいもをお土産にしてやろう!」

 直紀はふんぞり返るように、座席で脚を組む。それに対し、叶は苦笑いした。

 後、十分もすれば、那覇空港に無事到着するであろう。叶は、座席から見える透き通るような音い空を眺めながら心を落ち着かせていた。

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