かみのいろ
僕は時おり真夜中に散歩をする。
その日は散歩中にもよおしてしまって、近所の公園のトイレを借りた。
時刻は夜中の1時過ぎ。あたりはもちろん闇に包まれている。深夜の公園のトイレという、本来なら闇の中に希望をもたらすはずの明かりが、これほど不気味に見える場所もない。
公園に人の気配はなかった。
しかし、あまり清潔とはいえない便器の前に立ったその時、声がした。
『あかいかみとあおいかみ、どっちがいい?』
「は?」
まぎれもない女性の声に、出陣の門を開こうとしていた僕は慌ててやめた。
『あかいかみとあおいかみ、どっちがいい?』
これはあれだ。切り刻まれるか血を抜き取られるかというやつだ。酔っ払った女の人がふざけているのかと思い、僕は笑いながら言った。
「みどりのかみ」
その瞬間、どこからともなくバケツが飛んできて、中身を僕の頭にぶちあけた。
どぼどぼと降りかかったそれを見て、僕は唖然とした。
緑の液体だ。
バケツをどけると、僕の頭はぐしょぐしょになっている。
緑の髪?
そんな馬鹿な。
トイレを飛び出した僕を見て、そばの茂みで絡み合っていたカップルが悲鳴を上げた。
それからしばらく、夜の町を駆ける緑の妖怪の噂が囁かれた。僕が夜の散歩を控えるようになったのは言うまでもない。
バケツを投げたのは何者だったのか?
真ん中の個室から、異様に長くて太い腕だけが伸びていたのは覚えている。女性のものでは断じてなかった。
あの液体が何だったのか、それだけは考えたくない。十日経っても異臭は取れず、僕は高熱を出して寝込んだのだった。