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赤いリンゴと青いリンゴ

作者: 宮本 ナオ


「碓氷さんって、厨二病なの?」



制汗スプレーの爽やかな匂いと汗のすっぱいにおいが混じり合った放課後。

微かに冷房の効いていた時の空気が残る教室の教卓に立つ少女に、少年は唐突にもそう訊ねた。

少年、日野 忠はこめかみに汗を浮かばせる彼を見つめる、澄ました顔をした少女、碓氷 秋穗は、じっと黒板消しを手にしたまま、そこに立ち尽くした。

「また、随分と突然な質問ね」

「ごめん。でも、皆が言っているよ、碓氷さんってオタクだよねって」

「・・・ふうん」

何故?というような目を向けられ、日野は一瞬、黙った。

けれど再びごくんと生唾を呑みこんで、肩にカバンをかけ直し、碓氷を見つめた。

「いつもしゃべり方がなんだか、独特だし、絵を描いているし」

「悪口?・・・でもそれは私の自由だわ」

「ち、ちがうよ、悪口じゃない。うん、そう、君の自由だけど、」

アニメの台詞を時たまにウケ狙いで言っていたのを、クラス中、オタクだ、と笑っていた。

これ以上、注目を浴びれば、碓氷が標的になるのに違いなかった。

それを知った日野は、なるべく、彼女を傷つけないように遠回しに言おうとしたのだが、どうも、変な言い方になってしまったらしく。

碓氷は教卓の横にある椅子に座ってしまった。

「日野くんは、私に気を使っていてくれているのだろうけれど、無用よ」

「え、なんで」

「だって、私がクラスで妙に浮いているのは皆承知でしょう」

自分が一番気がついているわ、と碓氷は日誌をペラペラと捲る。

日野はその態度に、どうしようもない不安と、疑問を抱いた。

「怖くないの?」

「何が」

「いじめられるのが」

「・・・ねぇ、前から思っていたけれど、君って子供っぽいのね」

ぱちぱち、と瞬きする日野を、碓氷は呆れたような目で見つめた。

子供っぽい?それは、君もじゃないのか。

そう言おうとして噤んだ。

仮にクラスメイトで、女の子で。その境界線が、地味に言葉の邪魔をする。


「私だって屁理屈ばっかり言って子供っぽいわ。ていうかまだ子供だし。でも、日野くん、君は随分と子供。いじめられるのは怖いに決まっているし、それに、最初に厨二病ですかと聞かれて、はいそうです、なんて答えるやつなんている?それはお調子者かただのバカよ、バカ」


頭を使いなさいよ、とストレートに、碓氷は日野に言葉を投げた。

それを目の前に、日野は目をまるくして、固まっていた。

彼の中の碓氷といえば、元気にグループで楽しそうに話していて、いつも垂れている横髪がくるくるしているのをいじっている、そんなクラスメイト。

けれど今目の前にいる碓氷は、目は冷めきっていて、先ほどから放たれる言葉はすべて客観的。

日野は、微かに思いを寄せていたはずの碓氷に、母に叱られるような思いを感じ、身を縮こまらせてしまっていた。

「そ、そうだけどさ」

「日野くん。青いリンゴと赤いリンゴがあります」

「え、あ、うん」

「どっちがリンゴでしょうか?」

「え?」

どっちがリンゴって、どっちもじゃないのか。

10秒以内で答えてね、と数えはじめる彼女に、日野は頭をこんがらがらせる。

もしかして、なぞなぞ?引っ掛けか?様々な思考が巡るなか、時間は迫る。

0、と言った瞬間、はっ、と日野は顔をあげた。

「正解は、どちらもリンゴ」

「・・・だよね」

はぁ、と息をつきながら肩を下ろすと、碓氷はうん、と頷きながら、日野を見つめた。

「わかっているなら、何故答えなかったの?」

「え。だって、ひっかけ問題かと思ったんだよ、」

「そう。それよ」

満足そうな碓氷に、日野は首を傾げる。

様々な疑問が浮かぶ中、碓氷は淡々と続けた。

「人は結局そういうものよ。日野くん。赤いリンゴと青いリンゴ。どちらも外見だけで判断するから、本当に?と尋ねられたら奥を探ろうとして、わからなくなるの」

「・・・つまり、上辺だけ知っておけばいいってこと?」

「そう。ほら、浅く広くと言うでしょう、人間関係は。そんな世界で、私たちは生きているの」

「?それと、俺の質問に何が関係あるの?」

「日野くんは、私が「厨二病ですか」と訊いたよね。でも、それは一部の人が言っていたからでしょう?それって、結局は本人のことをよく知らずに、言っているでしょう。ほら、上辺だけ」

「あ」

なるほど、と日野は頷いた。

確かに、周りの人が言っていたことを真に受けて、今ここにいる。

けれど碓氷は、全くそんなことはなく、むしろ大人びて見えていた。

「たまには客観的に観るのも、よいことよ。そうすれば、他の人たちが思ってることなんて、本当にくだらなくって、ばかばかしいことだって気づくから」

「客観的・・・」

「そ、そして自分でそれを解釈して、他人の意見に惑わされぬようにね。自分の考えを見失ってしまったら、そこで終わりだから」

そういった碓氷さんは立ちあがり、カバンを右肩にかけて、ドアの方まで駆けた。

「じゃあ、鍵閉めよろしくね」

「あ、ちょっと、」

「そうだ」

くるり、とスカートを揺らしながら、碓氷は振り向いた。





「私は、厨二病だよ」





それをどうとらえるかは、貴方次第ね。

碓氷はいつもの元気いっぱいの笑顔を向けて、短い髪を夏風になびかせながら、視界を横切って行った。



(赤いリンゴと、青いリンゴ)



世の中、上辺だらけか。

そうかもなぁ、とつぶやきながら、教室の鍵を手に取った。

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