7.笑いの代償
笑いの神様と呼ばれる男がいた。人を笑わせることにおいて右に出る者はいなかった。その人生は、笑いの一言に尽きる。
物心がついた時から悲しいという感情を抱いたことがない。そして彼の周りは常に笑い声で溢れていたが、彼自身はと言うと一度も笑ったことがなかった。人に笑いを届けることのみを考え続けた代償とも言うべきであろうか。男はそこに何ら疑問を抱かなかった。人が笑ってくれさえすれば幸せだったし、それが自分の全てだと信じて生きてきた。笑いのためならば体だって張ったし、何だってしてきた。
次第に男は神様と崇められるようになり、いつしか彼の届ける笑いは世界中を包んでいった。
ある昼下がりのこと、店の前で男は苦しそうに地面を這っていた。腹部からはおびただしい量の血が流れている。何者かに刺されたようだが理由は分からない。彼の周りには人だかりが出来ており、見渡すと全員が同じような表情を浮かべている。男にとってそれは常に見てきた光景だった。これから面白いことを発言する、面白いパフォーマンスをする、そういった時に見る観客の期待の顔。
――そうじゃない。そうじゃないんだ――
救急車を呼んでくれ。男は思わずそう叫んだ。
しかしサイレンの音は一向に聞こえない。朦朧とする意識の中で自分の命の灯が消えていくのを感じた。周りの顔を見て男は、「フッ」とため息のような諦めを含んだ声で笑うと静かに息を引きとった。
野次馬の顔に変わりはない。それらが期待はずれだった、という表情へと変わるのにどれくらい掛かるだろうか。
男のこめかみに一筋の涙が流れた。