第八話 PvP
町に入るとリオ姉からメッセージが届いていた。
〔宿にいるよ〜〕
ったく、こっちが命がけで素材集めしてる時にのんびりしやがって!
宿に戻って見るとすでに13時をまわっていた。
「お腹空いたぁ〜」
そう言いながら2階にある自分の部屋に戻ると、男三人が目の前の小石を凝視しているという異様な光景が広がっていた。
フゥ〜、落ち着け俺。
とりあえずここに居るのはケン兄とドクターとあともう一人は・・・
「村長! 」
俺の声でようやく俺が帰って来たことに気付いたらしい。
「ユウ、お帰り! 」
「ユウ、お邪魔してるよ」
ケン兄とドクターが居るのは当然なのだが・・・
「ユウ、久しぶりだね」
そう言って俺に挨拶をして来た村長。
前々から話題になってた村長だが、この人もドクターが認める数少ないプレイヤーの一人だ。
正直この人に関しては前にも書いたように人外という他無い。
村長という名前にふさわしく、黒に近い茶髪で、優しそうな顔の洒落たおじさんなのだが、ケン兄でも太刀打ち出来ないほどの剣の使い手で、リアルでも剣術の師範をしていたこともある程だ。
この人とも古くから付き合いがあって、昔はVR内で剣術を教えてもらったりもしていたのだが、率直に言ってこの人は俺たちとはまた格が一つ違う。
こちらが攻撃しても当たらず、死角から攻撃されて、攻撃されたことも分からず負けるとか勝てる気がしない。
その強さと剣術を習っていた時の名残から、ゲーム内では年上だろうがタメ口で喋るのだがこの人だけは尊敬の意味も込めて敬語を使ってる。
「お久しぶりです、村長」
この人がいるならこのゲームは必ず攻略されるだろう。
「さぁさぁ、早速狩りの成果を見せてもらおうか! 」
ちっ
全く、同じ大人でも天と地の差だな。
「ほら、こんだけあれば十分だろ」
トレード画面に乗せてドクターに全部押し付ける。
「おおー、さすがになかなかの量だね」
そう言うと、ブツブツと独り言を言いながら自分の世界に入って行ってしまった。
「とりあえず、リオ達と合流して昼食を食べようか」
「それじゃあ僕達も同席していいかな?」
「もちろん」
僕たち?
「村長以外にも誰か来てるんですか?」
「ああ、アヤも連れて来ていてね。いまリオ君達のところに居るんだ。」
マジか・・・
アヤというのは俺と同じ高校二年生で村長の娘だ。
アヤは穏やかな村長の娘なのにテンションが高くてあいつと居るだけで疲れる・・・
しかしこのアヤも父親が人外なだけに、こいつも大概な実力を持ってる。
確か今ケン兄と39勝39敗と引き分けているらしい。
同じ実力同士で戦っていれば良いものをなぜか毎回俺に戦いを挑んでくる。
ケン兄と引き分けているぐらいの実力があるのだから俺じゃあ太刀打ちできるわけも無く、負けた回数は次で確か200敗だったはずだ。
勝ったことはもちろん無い。
そして、たぶん今回も会えば勝負を吹っかけられるだろう。
俺の微妙な表情を読み取ったのか、
「悪いねユウ君、また娘に少しだけつきあってあげてくれ」
「今更ですからいいですけど・・」
俺も男の端くれだから、毎回みんなの前で女子に負けるのは心にくるものがある。
ちなみにマリとリオ姉と戦うと、マリとの勝率は7割、リオ姉には3割ぐらいで、俺は兄弟の中だと下から2番目だ。
それでも一番弱いマリでさえ、一人でもトッププレイヤー達の中でも上位に位置している。
ようは、周りがヤバすぎて強く見えないだけだ。
「なんにしても宿から出よう」
そう言ってケン兄達が外に出て行く。
俺も自分の世界に入り込んでるバカ男を引っ張りながら後に続いた。
宿から出るとケン兄から連絡が行っていたのか女性陣はもうすでに待っていた。
部屋は隣だけど廊下が狭いので、他のプレイヤーの迷惑にならないように宿の前で毎回待ち合わせしている。
「いや〜久しぶりユウ!早速だが一勝負ヤらないか?」
「え〜、デスゲームでもやるのかよ〜」
「いいじゃん!PvPモードでやれば!」
「え〜」
PvPモードとはプレイヤー対プレイヤーが安全に戦うために使うもので、相手に決闘申請を相手に送り、相手が了承すると開始される。
開始されると一定の広さに不可視の壁が広がり、中と外を隔離されて勝負が終わるまで中に入ることも出ることも出来なくなる。
決闘方法は単純で、相手のHPを0にした方が勝ちだ。
しかしこのフィールドでHPが0になっても死んだことにはならず、決闘が終われば即座にHPが決闘前の状態まで回復する。
しかしこのゲームはデスゲームということで死なないとは分かっていても、HPを0にはしたくない。
「もし、俺が死んだらどうすんだよ」
「お葬式開いてあげる」
「そういうことじゃねぇよ!」
これだからこいつの相手は疲れるんだ・・・
「ほら、その話は飯を食ってからにしろ」
ナイス!ケン兄!
「は〜〜い」
なぜかアヤはケン兄の言うことはよく聞く。
本人曰く、お兄ちゃんみたいだからだそうだ。
よく分からん理由だが、アヤは一人っ子だから兄弟に憧れてるんだろう。
そうすると俺はさしづめ双子ってところか。
いや、もう見た目が雲泥の差だからそんな風には全く見えないけどな。
アヤは長くて綺麗なストレートの黒髪に、女子にしては身長が高くてモデルみたいだ。
無論、顔も可愛い。
10人とすれ違ったら8人は振り返るだろう。
流石にロ○コンと○モはどうしようもない。
まぁ父親が美形だから納得できる。
それに対して俺は・・・
察して下さい。
にしても美形ぞろいのこの中に居るとなんだか死にたくなってくるな。
なぜ両親は俺にだけ容姿を分け与えてくれなかったのか。
なんというか醜いアヒルの子の気分だ。
いつか白鳥になってやる!
「私の知ってる美味しいお店があるからそこに行こうよ! 」
おいおいアヤ待て、すごく嫌な予感がするぞ。
前のファンタジー系のMMOで、こいつのオススメの店に行ったら名状し難い料理が出て来て大変なことになった。
アヤはその時も美味しそうにしていたが。
「それじゃあアヤのオススメのお店に行ってみようか」
ケン兄!早まるな!
「やった〜、ありがとうケン! 」
そう言うとアヤはみんなを引き連れれて、歩き始めてしまった。
人間が食べられるものかいいなぁ・・・
あと、ここの独り言を呟き続けてる不審者は俺が連れて行かなきゃならんのか?
************
アヤおすすめのお店は思ったよりも普通だった。
そのお店はステーキ専門店、普通とは言えここはアヤクオリティーである。
確かに肉は好きだが昼間っからステーキはちょっと・・・
リオ姉なんかは微妙な顔をしているが、マリは普通に喜んでた。
マリがアヤみたいになったらお兄ちゃん泣いちまうよ・・・
村長とケン兄は平然としている。
これが大人の余裕か!
もう一人の大人はもうどうでもいい。
そんな中で、ズンズンと平気で店内に入っていくアヤ。
それに続いてぞろぞろと俺たちも店内に入っていく。
昼時だから人はあまり居ないと思っていたがけっこう入っていた。
まぁ肉が好きならカロリーを気にしなくていいVRゲームでなら食べたいだけ食べれるしな。
店内の奥にある大きいテーブルについてメニューを見ると、けっこうボリュームのありそうな肉の絵ががずらっと並んでいる。
こうやって肉を目の前にしてみると意外と食べられそうだ。
それから各自(バカを除く)メニューを選びウェイトレスのNPCに注文するとすぐに料理を持ってきた。
料理を食べながらこのゲームのことや昔の話などダラダラと喋っていると
「よし!決まった! 」
今まで自分の世界に閉じこもっていたバカが叫んだ。
「ん、ここはどこだ? 」
「ステーキ屋だよ」
「ふむ、ステーキ屋か」
そうつぶやくとメニューも見ずにウェイトレスのNPCに適当に注文して行く。
と言うか場の状況に適応するの早すぎだろ。
注文したかと思いきやNPCが持って来た料理をガツガツと凄い勢いで食べ始めた。
食べ終わって水を一杯飲むとふ〜と息を吐き出すと満ち足りた顔をしていた。
なんでだろう、すげぇ殴りてぇ
あいつの顔面に拳をねじ込みたい衝動を抑えてさっきの言葉について聞いて見た。
「なぁ、さっき決まった!とか言ってたけど何が決まったんだよ? 」
「ん?それはもちろんユウからもらった素材で何を作るかさ! 」
そこから俺たちに作る武器の説明を受けた。
ケン兄には草原にいたホーンラビットの角を使った刺突剣と西の森にいたウッドポールマンからとれた木材から盾を作る。
リオ姉にはケン兄の盾と同じ木材を使って、ロッドを作りそれに火の魔水晶をはめ込むことで魔法の発動の補助だけで無く近接格闘もできるようにする。
リオ姉はリアルで格闘技をやっていたからかは分からないが棒術も使える。
棒術なんてやってなかったはずだが・・・
しかも相当なレベルなので棒術だけでも並の(トッププレイヤー以外)プレイヤーでは相手にもならないだろう。
マリはフォールバードの羽とマージモスの糸から短弓を作ってもらう予定だ。
ちなみになんで他のフィールドの素材があるかと言うと、村長とアヤが西と北のフィールドで大量の素材を取って来て、ドクターに何割か上げたらしい。
今回の武器に使われたのはほとんどがアヤが行った西のフィールドのものだ。
俺が狩りに行った意味って・・・
防具は適当に作っておくとしか聞いてない。
ドクターに聞いても
「どうせ攻撃なんて受けないんだからなんでもいいだろ。」
と返される。
なんかみんなデスゲームだってこと忘れてないだろうか・・・
村長とアヤもドクターに装備を作ってもらうみたいで全員が長々とした
ドクターの説明を聞き終わると3時を過ぎていた。
「じゃあ僕はこれで!装備は明日の午後までには作っておくからまたあの路地裏まで来てくれ」
「全員分をか!? 」
そう言うとドクターはフッとニヒルに笑い、
「やろうと思えばなんでも出来るんだよ」
そう言い残して風のように去って行ったドクター。
もうみんな呆れて声も出ていない。
「そんなこと出来るのはお前だけだよ・・・」
とドクターの去って行った店の扉につぶやくとみんなが大きく頷いていた。
あれ?あいつ金払ったか?
そう聞こうと振り返るとみんなは自分の分の料金だけ払って店の外に何食わぬ顔で雑談していた。
まさか俺が払うのか!?
抗議しようと口を開きかけたが、ゲーム内で感じるはずのない圧力を感じた。
オーケーマイシスター、あいつの分はもちろん俺が払うぜ!
泣く泣く二人分の食事代を払うと何事も無かったかのようあの重圧も無くなっていた。
もし最初に与えられた金額が少なかったらもうとっくに金欠になってるところだった。
まぁ、なんにせよあいつは明日一発殴る。
お金も払ったことだしここにいる意味はあまりないので
「じゃあ、解散ということで」
そう言って俺は店の扉から外に出ようとすると後ろから肩を掴まれる。
「まだ勝負してないよ? 」
キョトンとした顔で俺を見つめてくるアヤ。
チッ
この流れで逃げられると思ったのに
俺が何か言う前にアヤに肩をガッチリ掴まれたまま店の外に連れて行かれた。
他のみんなもニヤつきながら俺たちの後に続いて店の外に出た。
外に出るとすぐに
ポーン
【アヤさんから決闘申請が届いています。決闘を受けますか?】
【Yes/No】
送った本人の顔を見ると、とてもワクワクしながら無邪気な笑顔を向けて来た。
その笑顔は卑怯だろ・・・
半ばヤケクソになりながら俺は【Yes】を選択した。
選択した瞬間に周りに不可視のフィールドが広がった。
アヤはすでに剣を構え、いまにも飛び出して来そうな程ウズウズしていた。
もう後戻りは出来ないので渋々俺もアイテム欄に閉まってあった刀を取り出し、正眼に構える。
ふと周りを見ると、大通りでいきなり始まったPvPに軽く人だかりが出来ていた。
しまった!
この店は東の大通りに面しているのを忘れてた・・・
うわー、こんな大勢の目の前で負けるのか・・・
いや、今回こそ勝てば良いんだ!
アヤは見たところNPC製の市販の片手剣、装備に関しては俺の方が上だし、ステータスも大して離れて無いだろう。
そうやって自分のやる気を上げていると、カウントダウンが始まった。
3、2、1、開始の合図とともに
俺の200回目のリベンジマッチが始まった。
始まった瞬間に俺は一気に距離を詰めた。
いつもはカウンター狙いで待ちに徹っしてそのまま押し切られてしまうので今回はこっちから攻める。
自然体で構えたままの状態のアヤに刀の間合いに入った瞬間肩口から斜めに切り裂く袈裟斬りの形で刀を振り下ろすが、アヤは顔に笑みを貼り付けながら俺の間合いのギリギリまで下がって、俺の刀をスレスレで躱した。
俺はさらにもう一歩踏み込み、逆袈裟斬りを放つが予測されていたかのように躱され、俺の側面に回り込んで横薙ぎに剣を振るう。
防御は間に合わないと判断して、横に飛び退く。
しかし、アヤは追撃して来ず笑顔で剣を構え直している。
くそっ、遊ばれてる!
その余裕な態度がイラっと来た。
絶対一泡吹かせてやる!
そう硬く決意し、また飛び込んで行った。
そこからは最初の繰り返しで、俺が攻めればアヤにそれをいなし、躱され、アヤのカウンターが放たれると同時に距離を置き、また攻める。
5分程たち、もう何度目かの攻防を終え再び距離を取った。
今すごく集中出来ている。
周りの喧騒も聞こえず、頭にはアヤを倒すことだけが頭の中を埋め尽くしていた。
次で決める!
集中を最高に高め、自分のステータスで出せる最高速のスピードで距離を詰め、胴に向かって下からすくい上げるように切り上げるが紙一重で躱される。
さらに返しで上段から振り下ろすがそれも半身で躱され顔に突きが繰り出される。
今までだったらここで仕切り直すために離れるところだが、今回は違う。
突きだされた剣がスローモーションのようにゆっくりと動いて見えた。
これは特に珍しいことでは無い強いボス戦や強いプレイヤーと戦う時にたまにこうなることがあったので、動揺はしない。
しかしいくら見えていても体が回避しきれないことは分かり切っていた。
そこで、俺は刀の柄の部分をアヤが俺の顔に突き刺すギリギリのところで、アヤの関節のところに当てて剣筋をずらした。
いける!
そう思い驚いた表情を浮かべるアヤの懐に入り込み体に向かって、刀を横に薙いだ。
勝った!
この距離なら回避も出来ないし、ましてや剣も持った右腕も間に合わない。
初の勝利を予感し、笑みを浮かべながら刀を振りきろうとした。
しかし、アヤの体に刀が届く前に頭に衝撃が走った。
視界の端を見るとHPバーがちょうど0になるところだった。
最後に見えたのは剣を逆手に持って、嬉しそうに笑うアヤの顔だった。
【You Lose】
視界に浮かんだその文字とともに俺の目の前が黒く塗り潰されて行く。
そして今回の決闘で俺の200回目の負けが決定した。