第三十二話 『蜘蛛の魔女』
PKの集団を殺してから一時間ほど森の中を歩くと、前方の木々の隙間から光が見え始める。
その光の方に向かって迷いなく歩を進めるとそこには町が広がっていた。
その町は、というか他の全ての町と同じように壁に囲まれていて、さらにその周りを森の木々が囲んでいる。
いや、囲んでいるというよりは森の中にその町を入れたような感じだ。
ならず者の町、ローゲ
プレイヤー達はこの町をそう呼ぶ。
元々、この町が解放された当初は、斥候系のプレイヤーの道具や施設がある町だった。
しかし、攻略が進むに連れ、その進度に追いつけなくなった者や、レベルが伸び悩み始めた者、そんなプレイヤー達がPKや非道な道に走り始めた時期に、この町は今の姿に変わった。
この町は第三周西のフィールドを超えた所に位置していて、第三周西フィールドの魔物のレベルは100〜150
、この町を越えて反対は150〜200で、このレベル辺りは一つ目の壁と呼ばれていて、プレイヤーが最初につまづくレベル帯だと言われている。
そんな場所に位置するこの町にはその壁にぶつかり、越えられなかったプレイヤーが溜まることになった。
普通のゲームだったらそこで辞めるなり、課金なりがあっただろうが、ここは逃れられないデスゲーム。
不満の溜まったプレイヤー達は
荒れていき、ついにはPKなどに走り出した。
この町の雰囲気も元が斥候系のプレイヤー向けの町のせいか、アウトローな雰囲気が漂っており、荒れたプレイヤー達には、格好の住処になった。
今ではこのゲームの中で、最も治安の悪い町となっている。
俺は町の入り口にある大きな扉をくぐり抜け、町の中に入った。
0時を回ったと言うのに、通りには今だ多くの酒場から明かりが漏れ、品の無い怒声や罵声が響いてくる。
その通りを、行き交うプレイヤーを避けながら突き進んでいく。
通りの雰囲気は、現実世界で言うと夜の繁華街と言った所だろう。
ガラの悪いプレイヤーがたむろする酒場や、何を売っているかも分からない怪しげな店などが、所狭しと並んでいる。
そんな通りを15分ほど歩いた所で、店と店の間から伸びる暗い路地裏に入った。
路地裏は通りよりもさらに危険な空気が漂っている。
座りながらブツブツと何かを呟き続ける者や、明らかに人を殺したことがある様な目をした者など、闇の住人達の世界だ。
そんな中を俺は堂々と歩くが、誰も俺には目を向けない。
枝分かれして複雑になった路地裏をさらに15分ほど歩くと、行き止まりに当たった。
その行き止まりの横にある寂れた建物に、『キリハ魔法具店』というボロボロの看板が立て掛けてあった。
俺はそこに躊躇いなく入る。
「いらっしゃいませ〜」
店に入ると、その場にそぐわない、気の抜けた挨拶が飛んでくる。
店の中は外見の割りに清潔に保ってあり、左右の棚には所狭しと様々な道具が置いてあった。
奥のカウンターに居る店員はこれまた場違いな雰囲気を持った女性が立っている。
オレンジの明るい髪に、少しポワポワとした雰囲気を持ち、年は俺と同じ位だと思われる女性が立っている。
「何がご入用ですか〜? 」
挨拶に続いて質問が飛んでくる。
「・・・ポーションを買いに来た」
「なんのポーションですか〜」
「黒」
「はい〜、本当は10万Gなんですけどね〜。ユウさんは無料でどうぞ〜。洗面所はあちらで〜す」
「・・・」
俺は黒い液体の入った瓶を受け取ると、その店員が指差した、店の奥にある扉を開ける。
扉の先には洗面台がポツンとあるだけでその他には何も無い。
さっき受け取った瓶の蓋を開け、洗面所に流し込む。
すると、全部流し込んだ所で洗面台の横の壁がスーッと横にスライドし、通路が現れた。
現れた通路を迷いなく真っ直ぐ進む。
奥に歩く途中で後ろではスーッという音と共に扉がしまったようだ。
そのまま奥まで歩くと金属で出来た扉があった。
そこを押し開ける。
押し開けた先にあったものを一言で表すなら、小洒落たバーとでも言うのだろうか?
現実では未成年なので行ったことは無いが、バーを想像しろと言われたら目の前に広がる光景を想像するだろう。
扉のすぐ横のカウンター席には3人のプレイヤーが座っていて、楽しげに談笑している。
「あら? もう帰って来たの?」
カウンターの奥から聞こえてきた声の方に目を向ける。
そこには、10人いれば10人が美女と言うであろう美しい女性が立っていた。
長い紫色の髪を腰まで延ばし、妖艶な雰囲気を纏った女性は、グラスを拭きながら俺に向かって微笑んでいる。
俺はさっきの言葉を無視して、元から居る客とは反対にあるカウンターの奥の席に座る。
俺と女性のやり取りを見ていた3人組のプレイヤーは一瞬おれを訝しむような視線を送るが、すぐに自分達の会話に戻っていった。
「アリシアに行くって言ってたからもっと遅くなるかと思ってたわ」
俺の前に水の入ったグラスを置きながら、カウンターの奥に居る女性が俺に話しかけてくる。
「出来るだけ早く帰って来いって言ったのはお前だろ、マヤ」
マヤ
カウンターの奥で微笑む、もといニヤついてるプレイヤーの名前だ。
そして今いるバーと、さっき通った上の魔法具店の経営者でもある。
「あら? そうだったかしら?」
マヤはふふっと笑う。
・・・こいつ
普通なら見惚れるような笑顔だが、こいつの中身を知ってるとイラっとする。
俺が文句を言おうと口を開こうとすると
「それじゃあ、詳しい話は上でね?」
そう言ってウィンクすると、3人組のプレイヤーの方に行ってしまった。
「・・・はぁ」
溜息を一つつくと、出された水を飲み干し、席を立つ。
上というのはこの店の二階のことで、居住スペースになっている。
住んでいるのはマヤと魔法具店の店員をやっていたキリハ、そして俺だ。
マヤと初めて会った時にいろいろあって、一年ほど前から強制的にここに住まわされてる。
二階に上がるために、俺が座っていた席のすぐ近くにある扉を開ける。
扉を開くと左側に上へ続く階段が会った。
階段を上がる前にふとマヤの方を見ると、三人組のプレイヤーに閉店を告げているのか頭を下げている。
しかし、その三人は帰るのを渋っているのか、帰る気配が無い。
すると、マヤがその三人に顔を寄せ、何か囁くと満足した顔で店から出て行った。
俺がその様子を見ていると、マヤがこっちを見て、ニヤッと笑う。
・・・はぁ
俺はマヤの笑顔から顔を逸らし、階段を上がった。
階段を登った先にはボロボロの外観からは想像もつかないほど綺麗なリビングになっている。
壁は外装と同じ木製だが、内装は新築の家のように綺麗だ。
リビングの真ん中には四人が座れるぐらいの丸いテーブル、奥にはキッチンがあり、その他にも家具が綺麗に配置されている。
マヤが来るのをテーブルに座って待つ。
10分程すると、マヤがキリハと一緒に登ってきた。
「ごめんなさいね、待った?」
「すみませ〜ん」
二人はそう良いながら、テーブルに座る。
「・・・」
「返事ぐらいしても良いんじゃ無い?」
マヤが不満そうに言う。
「そのキモい喋り方辞めろよ」
「え〜、この喋り方の方が大人の女性っぽくない?」
「・・・」
俺はジト目でマヤの顔を見る。
「はぁ、分かったわよ。キリハ〜、お茶お願〜い」
「はぁ〜い」
キリハは席を立ち、キッチンに向かう。
そう指示したマヤはさっきまでの大人っぽい雰囲気は何処へ行ったのか、グダッと椅子に持たれかかる。
さらには雰囲気や、姿勢だけじゃなく、姿形まで変わっていく。
腰まで伸びていた紫色の美しい紙は、燃えるような赤色に変わり、長さも肩ほどまで短くなった。
顔の方も、男を誘惑するような、少し垂れ気味の目や厚い唇も、少しつり上がり気味の目に桜色の唇に変化している。
完全に変化が終わると、そこには妖艶な大人の女性は欠片もなく、気が強そうな少女のグデッとした姿になった。
「もう〜、ユウはつまんないわねー」
と口を尖らせながら不満を垂れる。
「うるさいな・・・。『看破』でお前の本当の姿を見破れる俺からしたら、気持ち悪くて仕方無い」
マヤはバーのカウンターに立つ時は、『認識阻害』のスキルと《変装》のアーツを併用して、自分の姿を偽っている。
俺には『看破』のスキルがあるので、借りの姿ではなく、本当の姿が見える上、素の性格も知っているので違和感しか無い。
しかし、本人曰く「私の職業は姿形も重要なのよ」らしい
「・・・マヤ」
「何よ」
まだマヤは拗ねているのか、口調がそっけない。
見た目からして、年齢は俺と同じ位なのに中身が幼い。
「前々から思ってたんだが、バーに入るために、わざわざあんな仕掛けいらないだろ、面倒くさいから外せよ」
そう言うとマヤはさらに不機嫌そうに顔を顰めると、
「それは私の趣味よ! それにちゃんと理由もあるしね」
「・・・ああ、そう」
「何よ? 気にならないの? 」
「ある程度想像出来るしな、それに外す気無いなら知ったってしょうがない」
「ほんっっと、愛想無いわね」
そんな話をしているとキリハが二人の前に、お茶の入ったコップを置く。
「どうぞ〜」
「・・・ああ」
「キリハ〜、ありがとう〜」
キリハも席に着き、三人ともキリハが持ってきてくれたお茶を飲んで一息つく。
「それで、結局どうだったの?」
マヤは椅子の背もたれから身体を起こし、真面目な表情で聞いてきた。
「ああ、ドロップした素材、ドロップ率、あとその他諸々は、紙に纏めておいた」
俺はメニューを開き、アイテムから数枚のレポートを手元に出す。
それをマヤの前に放る。
マヤはそのレポートを手に取ると、パラパラとめくり、目を通す。
「キリハ、このレポート纏めておいて」
「はぁ〜い」
キリハは気の抜けた声で返事をするとマヤからレポートを受け取る。
「それで、俺が頼んでおいた情報は手に入れてくれたか? 『蜘蛛の魔女』? 」
「その名前で呼ばないでよ・・・」
マヤは文句を言いながらも、自分のメニューを開いて俺の頼んだ情報を見つけてくれている。
『蜘蛛の魔女』
それがマヤの二つ名。
その由来はマヤの職業に関係する。
マヤは魔法具店やバーを経営しているがそれは本業じゃない。
魔法具店は趣味、バーは副業、そして本業は
情報屋
情報屋と言ってもただの情報屋じゃない。
情報屋の情報屋、情報の支配者。
この名前からも分かるように、情報屋として一級の腕を持っており、取れない情報は無いとまで言われている。
しかし、名前が広がっているにも関わらず、姿、名前、居場所、全てが謎に包まれている、半ば都市伝説のようなプレイヤーだ。
そんな彼女に対して不利益を与えたり、敵対したものは全ての情報を封鎖され、ゲーム内で満足な活動が出来なくなるとさえ言われている。
その噂から全てのプレイヤーは彼女の情報の網に捉えられた餌。
そこから来たのが『蜘蛛の魔女』
先ほど来ていた三人組も、良くこのバーに来て、マヤから情報を買っていく情報屋だ。
帰るのを渋ったと思いきや、すんなり帰ったのは、マヤから情報を引き出せなかったので渋っていたが、マヤが閉店する為に情報を渡したので帰った、と言う所だろう。
そして、さっきのわざわざ面倒な手順を踏んで入らなければいけないのは、簡単に居場所を特定され、多くの客を相手にすると、自分の持つ情報の希少性が薄れ、価値が低くなるからだ。
それに、情報屋と言うのは貴重な情報を持っていれば持っている程、PKなどの犯罪プレイヤーから狙われやすい。
その為、情報屋のほとんどは姿を隠したり、名前を教えないのは一般的で、マヤが姿を変えたり、面倒な手順を踏ませるのもこの為なんだろう。
マヤはメニューから大きなバインダーを取り出すと
「カテゴリ、武器、ジャンル、刀剣、レベル、伝説級」
マヤがそう唱えるとバインダーが、勝手に開き、紙が数枚飛びたしてくる。
マヤはそれを掴むと中をサッと確認し、こちらに投げてよこす。
「それが伝説級の武器があるとされているダンジョンの場所、判明しているダンジョン内部の魔物とその対策よ」
渡された資料にはパッと見ただけで詳細にしかも分かりやすく書いてある。
この資料を纏めているキリハで、彼女の情報処理能力の高さが分かる。
「確かに受け取った」
俺はそれだけ言うと渡された資料をメニューのアイテム欄に収納し、席を立つ。
今回の様に俺はマヤから依頼を受け、その報酬としてマヤから情報を貰う。
今回はレベル150ボスをソロ討伐した場合のドロップ素材とドロップ率の調査が依頼内容で、報酬として伝説級の武器があるダンジョンの情報を貰ったのだ。
俺がテーブルを横切って自分の部屋に戻ろうとすると
「ねぇユウ、明日行くの?」
「あぁ、そのつもりだけど」
「それ、私も着いて行くわ」
「・・・は?」
マヤの言っている意味が分からない。
「なんでマヤが付いてくる?」
「私もたまには運動しなきゃね〜。最近魔物狩ってないし」
「行く場所の難易度、分かって言ってんのか?」
「もちろん! て言うかその情報集めたの誰だと思ってんの?」
ジト目でこっちを見るマヤ。
俺は何も言わずにその目を睨み返すが、マヤは一向に引く気がない。
「・・・俺一人で行くから付いてくるな」
「もし拒否するならあんたの昔のお仲間にあんたの情報流すよ」
バァン!
俺は反射的に拳をテーブルに叩きつけた。
キリハはビックリして体を縮めるが、マヤは微動だにせず俺を睨み返す。
しばらく睨み合うがどうしてもマヤは引く気が無い様だ。
「・・・好きにしろ」
「はなっからそのつもりよ」
俺はマヤから視線を逸らし自分の部屋に戻る。
今夜は嫌な夢を見そうだ。




