第三章
ジョキ、ジョキ……。
『アンタの髪なんて、無い方がマシじゃない?』
私の一週間に一度の楽しみ。美容室に行くことだ。髪を切るわけでは無く、髪をセットしてもらいに行くのだ。これも全て、美容師の中沢さんのため……。
「中沢さん!」
「いらっしゃい、宮本さん」
「愛華って呼んでください、って言いませんでした?」
「ごめんごめん。愛華ちゃん」
今は名前を覚えてもらうことに必死。中沢さんは彼女の噂を聞いたことが無いので、中沢くんの気持ちは私に向いていると思う。
「じゃあ、今日もセットするね。愛華ちゃんの髪、綺麗だね。俺がセットしなくてもいいんじゃない?」
「中沢さんが綺麗に、してくれるんだもん!」
中沢さんは雑誌などで、イケメン美容師で特集されているから、最近中沢さんにセットしてもらうのも、難しくなってきた。だけど、中沢さんは私が来たら、ちゃんとセットしてくれる。これは……勘違いしてもいいよね?
「ねぇ、愛華見て?」
「ん?何?」
友達の彩に見せてもらった雑誌には、特集で中沢さんが載っていた。こちらに向かって微笑んでいる。
「これってさ、愛華が通ってるヘアサロンの人だよね?」
「うん、そうだよ」
はぁ……。こんなことしたら、また中沢さんの人気が上がっちゃうじゃん。私との仲が……。私はその雑誌をじっと見つめた。
「彩、この雑誌譲ってくれない?」
「別にいいけど……。ってか、そんなに好きなの?」
「うん」
今日は行く日じゃ無いけど、行こう。私はそう決心した。このままじゃ、どこかの知らない人に、中沢さんを盗られちゃう!
「中沢さ――」
「ああ、愛華ちゃん?今、中沢、他の人のカットやってるから、ちょっと待っててくれるかな?」
「はい……」
店の奥の方を見ると、中沢さんが女の人と楽しそうに会話している。高校生の私と違い、二十代くらいで、中沢さんとお似合いに思える。
ボーっとしながら、その様子を見ていると、綺麗で短くなった髪を揺らしながら、女の人は帰って行った。私に気づいた中沢さんは、手招きしてくれている。
「中沢さん……」
「何かな?」
中沢さんが優しく聞き返してくれる。
「雑誌に載ってましたね。大きな特集に」
「ああ、あれね。どうするか迷ったんだけど……。彼女からの許可も貰ったし、載ろう……って思って」
私は一瞬、返事が出来なかった。彼女……?彼女がいるの?
「中沢さん……私の髪、切ってください」
よく、失恋したら髪を切ると言う。なら、私も切ってもらう。失恋した人に。
「いいの?綺麗な髪だから、もったいないと思うけど……」
「はい」
中沢さんは、ほんの少し躊躇うような動きを見せた後、ハサミを動かし始めた。私は目を閉じた……。
「ごめん!愛華ちゃん……。ちょっと失敗した」
「え?」
鏡を見ると……かなり髪が短くなった私がいた。私の理想はもう少しだけ、長い方が良かったんだけど……。どうしよう?正直に言うべきかも……。
「ごめんね。でも、おススメのウィッグがあるんだけど、付けてみる?」
「そうですね。付けてください」
そう返事すると、早速持ってきてくれた。フワッとした感じで付けてみると、可愛いショートカットになった。
「わ……すごい」
「良かった。これで、可愛くなった。今日はお詫びに家まで送るね」
「え、いいんですか?」
いくら彼女がいると言われても嬉しい。
「うん。だから、ちょっと店の前で待ってて」
「はい!」
私は外に出た。もう暗くなっていたけど、中沢さんと一緒に帰れる。そう思ったら、暗いってことぐらい平気に思えた。
「寒い……」
もう大分待った気がする。
二月の上旬だ。寒いのは当り前だろう。と、その瞬間、
「!?」
ウィッグが首に絡みついた。苦しい……。息が出来ない……。
「ううっ……」
中沢さんを呼ぼうとした瞬間、
「愛華ちゃん、待たせた?」
「中沢さん!」
目だけで、SOSを告げると、すぐに気づいたらしく、絡みついたウィッグを取ってくれた。
「はぁ……はぁ……」
やっと呼吸が出来た。これも中沢さんのおかげ……。中沢さんの方を見ると、心配そうな表情でこちらを見つめている。
「大丈夫?」
「あっ……はい……」
その瞬間、中沢さんの目の色が変わった。そして、急に私の肩に手を置いた。
「辛かった?苦しかった?千恵ちゃんもずっと、そんな気分を味わっていたんだよ……」
「千恵……ちゃん……?」
誰だろう。聞いたことが無い名前だ。
「まだ分からないのかい?……最後のチャンスをあげるよ。中沢千恵って憶えてるかい?」
最後のチャンス……?中沢千恵……?ああ、アイツか……。
「何で中沢さんが知ってるんですか?私、別に酷いことしたつもりは、無いんですけど。中学生の悪ふざけですよ」
そう。悪いことなんてした覚えが無い。
「へぇ……そうなんだ。じゃあ、そのウィッグと一生過ごすといいよ」
「えっ、それってどうゆうこと――」
「Remeber Me……」
言う前に遮られた。意味が分からない。と、思った途端、ウィッグが私の首を絞めつける。ふと見ると、ウィッグはすごく長いように思えてくる。
「あ……うぅ」
あまりの苦しさに地面に倒れこむ。だが、中沢さんは冷たい目をして、こちらを見つめているだけで、助けようとはしてくれない。
「助……」
やがて、愛華は力尽き、伸ばしていた手もダランと、垂れ下がってしまった。
「……Remeber Me」
圭太は呟いた。次は……主犯格だ。