第9話~存在価値~
あれから一週間程で大学は夏休みに入り、それと同時に僕は卒業式を迎えた。
あんな事があった後なのに、九月から彼女は一人になってしまう。スージーが皆に気を使わせたくないからと、彼女の病気の事について極々一部の人を除いては公にしてこなかった。だけど、もうそんなことは言っていられない。何より彼女の命に関わることなのだから。
それでも、スージーは皆と平等に扱って欲しいと願う。せめて、仲良くしている友人や先生には伝えておこうと提案したが、彼女が首を縦に振ることはなかった。
夏休みに入ってすぐ、クリスから電話が入った。
彼は大型の休みになると、先のあまり長くない祖父母の家で過ごす様にしており、祖父母も又クリスが来るのをいつも待ちわびているのだと言う。
本当はスージーの側に居たいのだけど、祖父母の悲しむ声も聞きたくない。こんな事になるとは思っていなかったから、どうしていいのかわからないんだ、と、彼は苦しそうな声を上げた。
「スージーはもう退院したし、肋骨に少しひびが入ったけど順調に回復している。ちゃんと君の気持ちは彼女に伝えておくから、安心して祖父母孝行しておいで」
思い悩む彼の背中をトンと押して上げるつもりで、きっと彼が望んでいるのであろう言葉を伝えると、電話越しでもわかる位ホッとしているのが良くわかった。
クリスは何度も僕に詫びると、もう一つ話があると言った。
九月からは、自分がスージーの送り迎えをさせて欲しいと言い出した。同じ学年だし、専攻も同じだから常に側にいられる。だからスージーを自分に任せて欲しい、と。
僕は丁度、自分の代わりにスージーを守ってくれる人を探していた。今回の事がきっかけとなり、クリスにはスージーの病気の事は説明し、何故僕がスージーの側を片時も離れようとしなかったのかもちゃんと理解している。生半可な覚悟じゃ出来ない事だよと言ってみたが、「今度は慌てない、ちゃんと彼女を救ってみせる」と力強くそう言い残し、祖父母の元へと旅立っていった。
その瞬間、僕は必要無くなった。
◇◆◇
ある日の夜、いつもの様に就寝前にベッドの中で本を読んでいた。真っ暗な室内で、フロアライトの柔らかい明かりだけがポツリと灯っている。
ふと、コンッと扉に何か小さなものが当たる音が聞こえた気がした。
「――」
一度、扉に目を向けたが別段変わった様子も無い。気のせいか、と、又視線を本に戻すとカチャリと音を立てて扉がゆっくりと開きだした。
「先生? 起きてる?」
スージーが扉の向こうから、ひょっこりと顔を出した。
「ん? どうしたの? スージー」
僕は上体を起こし、スージーに優しく微笑んだ。
扉を開いて室内にするりと入ってくると、ベッドサイドまでペタペタと裸足の足でやって来る。僕のベッドに腰を下ろし、「怖くて眠れないの」と呟いた。
「怖い? どうして?」
「寝てる間に又発作が起こったら、って思うと」
「うん……」
彼女の不安な気持ちは良くわかる。
あんな事があったのだから、以前にも増して恐怖心は大きくなっているのだろう。だからと言って、僕が彼女の病を治せる訳でも無い。少しでも彼女に圧し掛かる恐怖を取り除ければと、彼女の頭を撫でてあげる事しか出来なかった。
「先生?」
「ん?」
なんだか少し言い難そうにしている彼女を見て、僕はいつもの様に促した。
「何? 言いたい事があるなら言ってごらん?」
彼女が発言し易い様にそう言ったつもりだったが、そのあとのスージーの言葉を聞いて自分の言った事を後悔した。
「あの……、一緒に寝てくれない?」
「――え?」
深夜の突然のお願いに、僕は自分の耳を疑った。