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第6話~恋敵~

 月日は流れ、あっという間に僕はあと少しで卒業を迎える。

 僕が卒業しても、スージーはあと一年通わなければならない。この一年の間に、もしもの事が起きたら……。そう思うと、いてもたってもいられなかった。

 何故、講義を真面目に受けてしまったんだろう。出席せずに、どこかで時間潰しでもすれば良かった。そうしたら、スージーと同じ学年でもう一年通う事が出来たはずなのに。


「はぁ」


 後悔しても始まらない。 

 僕の頭の中は、常にスージーの事で一杯になってしまっていた。


 今日、最後の講義が終わり、既に待っているであろう彼女の元へ行く為に、手早く荷物をまとめていると誰かが僕を呼んだ。


「なあミック。今日のコンパ一人欠員がでたんだけど、一緒に行かないか? なんと相手は美人モデル揃いだぜ?」

「あー、悪い。急いでるんだ」


 振り返ると、僕に声を掛けてきたのはクリスだった。

 お調子者の軽い奴でいつも色んな女の子と遊んではいるが、根は悪い奴じゃない。いい相手にさえ巡り合えば途端に遊びは止め、相手に尽くすのが彼のいい所だ。


「チェッ! 相変わらず付き合いの悪い奴だな。もう女の子達にはお前の写メ送ってお前も来るって言っちゃったのに!」

「いつの間にそんなの撮ったんだよ。つか、やっぱり来れないって言えばいいじゃないか」


 クリスは困った顔をしながら、僕の肩に腕をかけてきた。


「そう言う訳にはいかないんだよぉーう。皆お前目当てなんだからさ。お前が来るって言うから皆OKくれたんだぜ?」

「何だよソレ。一人欠員が出たとかの話じゃないだろ」

「だってお前、前もって言うと絶対断るだろ?」

「当日でも断るよ」


 クリスの野望に呆れて、思わず鼻で笑って頭を振った。しかし、何で僕がクリスに利用されなければならないのかさっぱり見当もつかない。

 クリスは肩に組んだ腕を放すや否や、僕に拝むように手を合わせると、頭を下げて懇願した。


「頼む! 俺を助けると思って!!」


 僕は大きな溜息を一つつくと、


「はぁ。……オーケーわかったよ。ただ、一度家に帰らないといけないから、僕は遅れていくよ」


 そう言って、クリスの肩をポンポンと叩くとカバンを握り締め、足早に教室から出た。クリスは何故か僕を追うようにして、飛び跳ねながらついてくる。


「ヒャッホーイ! サンキューサンキュー! 恩に着るぜ!」

「もう、勝手にメンバーに入れるのはこれで最後にしてくれよな」

「ああ、ああ! わかった、わかった!」

「……」


 口ではそう言っているが、きっと彼はわかっていなさそうだ。事実、これで二回目なのだから。

 呆れて頭を振ると、調子にのったクリスはまた肩を組んできた。


「所でミック、お前三年の子と一緒に住んでるんだって?」

「ん? ああ、一緒に住んでると言うか、住み込みで家庭教師のバイトしてるんだよ」

「ふーん。で? その子といい関係なんだ」

「いい関係って?」


 クリスはニヤリと不敵な笑みを浮かべると、僕の耳元に近寄った。


「ステディな関係なのかって事だよ」

「なっ、そ、そんなんじゃないよ!!」

「うっへー照れてやんの! 何だよ秘密にするなよ、俺とお前の仲じゃないか」

「ひ、秘密も何も、彼女が十歳の時から見てきてるし。……第一、十歳も歳がはなれてるんだぞ? そんな風に見れるわけ無いじゃないか」


 瞬時に顔が赤くなり、明らかに動揺した口調になる。そんな事を言う僕に何の説得力も無いことは誰が見てもわかる程だった。

 ただ、一人を除いては……。


「先生……?」


 いつからそこにいたんだろう。ホールの壁にもたれたスージーが、少し強張った表情で僕たちの方を見ていた。


 ――今の話、聞かれた?

 彼女を見た瞬間、心臓を鷲掴みにされた気分になった。彼女の不自然な表情がさらに追い討ちをかけた。


「ス、スージーどうしたの?」

「もう終わる頃かなって思って」


 悲しげに微笑む彼女の顔が見れない。

 どう声をかければいいのか迷っているうちに、僕の横をもの凄い勢いで横切って、クリスはスージーに近寄っていった。


「やあ、初めまして! 君がスージー? 俺はクリスって言うんだ、よろしく!」


 クリスが握手を求めると、驚きつつもスージーも手を差し出した。

 クリスは両手で彼女の手を握り締め、あろう事か手の甲にキスまでしてのけた。


「!?」


 僕のことなんて全く蚊帳の外で、スージーの手を握ったまま矢継ぎ早に質問を浴びせていた。

 コンパに行きたいが為に僕にピッタリ張り付いていたのが嘘のように、今はスージーしか見えていないかのようだ。


「スージー、バスの時間があるから急ごう」


 “変な虫”がついてしまっては困る。彼女の肩を抱きかかえてクリスから遠ざけるように歩き始めると、クリスは離れている僕に聞こえるように声を張り上げた。


「あ、ミック! 今日のコンパあんまり遅くなるなよ! お前が来るっつって、セットした様なもんなんだからな!」


 僕は振り返らずに片手をひらひらさせると、そのまま前を向いて歩き続けた。


 しばらく進んだ所で、肩から手を下ろす。と、同時にスージーが僕の顔を覗き込んできた。


「今日、コンパ行くの?」

「ん? ああ、単なる人数合わせで参加してくれって拝み倒されちゃって。仕方なく、ね」

「仕方なく? でも、先生が行くからって……?」

「そ、それは頭数減ったら、割り勘だから困るんじゃない?」


 苦しい言い訳だ。

 でもスージーは、そのあとその事については何も聞いてこなかった。

 彼女は思っていることを口に出して言う事が得意ではない方だ。だから、僕はいつも『思ってる事があったら言ってご覧?』って彼女を誘導して話をさせる。


「――」


 ……でも、今はそれはやめておくことにした。



 ◇◆◇


 薄暗く賑やかな店内。

 僕はソファーの端っこに座り、ちびちびとワインを飲みながら何度も右手の時計を見ては溜息をついていた。

 かわるがわる女性が隣に座るが、上の空の僕は気の無い返事ばかり。大して興味が無いくせに色々質問され、返事をするのも面倒になり、「僕の事なら、あそこのやたら声の高いクリスって奴に聞いてくれれば大体わかるよ」と言って、キツイ香水をつけた女性達と距離を置いた。


 そんなやり取りを何度かすると、ライムが刺さったコロナビールを片手に、酔っ払った顔のクリスが僕の隣に座った。


「ぅおおおーい!、ミックさんよぉ! 女の子からクレームが相次いでんだけどさー。もうちょっと協調性ってもんをさー。なぁ?」

「ここに来ただけでも十分だと思うけど?」


 面白くなさそうにそう言うと、クリスは両手を広げやれやれと言う顔をした。

 ったく、それをしたいのは僕の方だというのに。


 クリスはライムを搾り入れ、瓶の中に押し込む。まだ飲み足らないのかゴクゴクと音をたてて一気に半分まで飲み干し、口を袖口で拭った。


「なぁ、僕もうそろそろ――」


 帰ろうかと思った矢先、クリスが妙なことを言い始めた。


「俺さ、あのスージーって娘にアタックしていいか?」


 それは、先程までとは違う今まで見たこともない真剣な表情だった。







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