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第4話~意識~

 まだ暑さが残る秋の日。僕は両手をポケットに突っ込み、青く広がる大空を見上げた。大きな門の前で立ち呆けながら、初めてここに立った時の事を思い出す。時の流れの速さに小さく息を吐きながらシャツの袖を捲り、右手にした腕時計の文字盤を左手でさすった。


「遅いなぁ」


 思わず舌打ちが出そうになった時、門の横の小さな扉がキィと小さく鳴く音が聞こえた。振り返ると、スージーが申し訳なさそうな面持ちでその扉をくぐり抜けた。


「先生、お待たせ」


 顎まで切ったばかりの髪を手櫛で整え、細い手首にした時計に目をやる。切り立ての髪がどうも落ち着かないのか、頻繁に自分の髪に手をやっていた。


「待ちくたびれて、あの銀杏の葉が何枚あるか数えちゃったよ」


 目と鼻の先にある大きな銀杏の木を指差しながらそう言うと、スージーは「え?」と、目を丸くしている。すぐにプッと噴出し、細くて綺麗な手で口元を押さえながらクスクスと苦笑いした。


「そ、そうなの? 随分待たせちゃったのね、ごめんなさい」

「じゃ、まー行こうか」

「ええ……ふふっ」


 まだ緑の残る銀杏並木を通りながら、バス停までの道を二人で歩き出す。歩幅の狭い彼女にあわせ、ゆっくりと歩いた。

 これからしばらくこの日常が続く事に僕は感謝しなければならない。自分の首を守れると言う事も勿論だが、こうしてスージーの側に居られるだけで、余計な不安が僕から取り除かれるのだから。


「……しかし、まさか復学してスージーと同じ大学に通う羽目になるとは思わなかったよ」


 彼女の皮膚の病気は成長していくに連れ、大分良くなって来た。しかし、喜んでいたのも束の間、彼女がほんの少し走っただけで倒れる事が度々あり、心配した僕はすぐにスージーを医者に連れて行き、そして告げられたその診断結果に愕然とする。


 ──スージーはお父さんと同じ心臓の病気を患っていた。


 いつまで生きられるかは判らない。ずっと普通の人と同じ寿命で人生をまっとうする事が出来るかもしれないし、ある日突然、心臓が止まるかもしれないのだと医者は言う。


『何かあったらすぐに医者に診てもらえる様な環境下に居る事』


 それが、少しでも長生きする為に彼女に与えられた条件だった。

 彼女を見守る為に僕は大学を復学し、スージーもまた僕と同じ大学に通う事を望んだ。


「あら丁度いいじゃない? これで片時も離れずに済むし」


 スージーは時々僕がドキッとする様な事を口走るようになった。それがまるで、僕の表情が変わるのを楽しんでいるかの様にも思える。

 十八歳になった彼女はおてんばだったあの頃を微塵も感じさせないほど美しいレディに変身を遂げた。それはまるで、やっと(さなぎ)から羽化した蝶々の様に美しく、そして儚げにも見えた。


「あ……ねぇ先生。あれ見て! かわいい」


 彼女が僕のシャツをそっと握って僕に近寄った。ふわりと甘い彼女の香りが僕の鼻孔をくすぐる。ドキッと音をたてた胸に自分でも驚きながら、何でもないかのように僕は平然と振舞っていた。

 今、彼女にこの赤い顔を見られたらまずい。

 彼女が僕へと振り返らない様に、次から次へと意味もなく指をさす。そうする事で、自分の表情の変化を見られないようにと、彼女の視線を誘導した。


「ほら、あそこも見てご覧? おもしろいね」

「わっ、あれって何? 先生」


 その時、とうとう彼女が僕に振り向いてしまった。僕は彼女の顔を見ることが出来ずに、まだ話を続けている。赤くした顔を悟られないように、落ち着こうと思えば思うほど、顔が紅潮していくのが自分でも良くわかった。


「――、……」


 スージーの顔を見る事は出来ないが、横目で感じる雰囲気で上がっていた口角がみるみる下がっていくのを感じる。

 バレている。絶対顔が赤いのがバレている筈だ。

 なのに彼女はそのまま何も言わず僕の顔から目を逸らすと、掴んだシャツをさりげなく離し、僕の話に耳を傾けていた。


 今思えば、この瞬間から僕とスージーは、互いを‘男’と‘女’だと言う事を意識しだしたのかもしれない。

 決して抱いてはいけない感情が心の奥底から徐々に湧き出して来るのを、僕は抑えるのに必死だった。






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