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第26話~覚悟の時~

 カーテンの隙間から零れ落ちる柔らかい光に包まれることによって、朝が訪れたのだと知る。

 目が覚めてすぐに甘い香りが鼻をかすめ、すぐ側にスージーが居るのだと感じた。


「――」


 顔を横に向けると、うつ伏せになったスージーがすやすやと気持ち良さそうに寝息を立てている。ちゃんと呼吸をしているのがわかると、ほっと安堵の息を吐いた。


 小さな頃から紫外線に気遣っていたスージーの肌は、血管が透けて見えそうな程白く透き通っていて、彼女の若さもその肌の美しさをより際立たせている。まるで引き寄せられるように彼女の背中に手の甲を滑らせ、シルク地の布を撫でている様なその感触に、また別の意味の溜息が漏れ落ちた。

 

 名残惜しみながらも、背中から手を離す。そっとシーツを肩まで掛け直すと、昨夜の出来事を思い出した僕を罪悪感が襲った。

 十歳の頃から知っていて、十歳も歳が離れている彼女を、昨夜、僕は大人気なく無我夢中で抱いていた。

 彼女に対するいとおしさが増したのは事実だが、同時に罪の意識に苛まれたのも事実だ。

 後悔の念に駆られながら肩を大きく上げ、今度は一気に脱力して溜息をつく。床に散らばった服を拾い上げると窓際へ向かい、カーテンを勢い良く開け放った。

 

「――、……?」


 急に沢山の光を浴びてしまったスージーは目を覚まし、寝ぼけ(まなこ)で光の差す方、つまり僕の方を必死に目を凝らして見ている。


「ああ、ごめん。起こしてしまったね」


 そう声を掛けるとスージーは上体を起こす。まだ事の事態が把握出来ていないのか、背中までかかっていたシーツがはらりと腰まで落ちて上半身が露になっている事にも気付かず、ただ、ボーっと僕の方に目を向けていた。


 今朝の僕が、冷静にその光景を見ることが出来るのは、昨夜、散々見たと言う余裕から来ているのだろうか。特に僕はうろたえる事もしなかった。


「あー、スージー? その、何か着たほうがいいかも」

「え?」


 自分が裸であるとやっと気づいたスージーは瞬時に顔を真っ赤にすると、慌ててシーツを首まで引っ張り上げた。


「先に下へ降りておくから、支度出来たらスージーも降りて来て」

「う、うんっ!」


 昨夜の積極的なスージーとは打って変わってシャイな彼女がかわいく思え、僕はクスリと笑うとそのまま寝室を後にした。



 ◇◆◇


 冬が過ぎ、春の訪れを知らせるように、家の周りの草花は芽吹き始めている。今日みたいに天気がいい日は、その回りをヒラヒラと蝶が舞っていた。


 別人として生きて行く、と、ウィルに啖呵を切ったあの日から約半年が過ぎようとしているが、不思議とスージーを探す者は誰一人現れず、僕達は毎日を楽しく過ごしていた。

 探し出そうと思えばいとも簡単に探し出せるはずなのに、あの家の使者らしき人物は一向に現れる様子がない。でも、いつか突然引き離されるかもしれないと、僕はその日がやって来てしまう事を心の底でずっと怯えていた。


「じゃあ、スージーちょっと行ってくるよ。お昼までには戻るからね」

「はーい、気をつけていってらっしゃい」


 週に一度、僕は家の畑でまかなえない物や消耗品などを、町まで車に乗って買出しに出かけている。いつもは彼女も一緒だが、『昼食の準備がしたいから留守番をする』と言って、今日は家に残ることとなった。


 でこぼこ道を車で二十分位行くと、お目当ての店に着く。スージーから渡されたメモを片手に、カートにポンポンと放り込んで手際よく買い物を済ませ、荷物を車に積み込んでいた。


「さてと、……?」


 背後で車の扉の閉まる音がして、なんとなく振り返る。一度視線を戻すが、見覚えのある顔に背中が凍りつき、もう一度背後へ視線をやった。


「お久しぶりです、ミックさん」

「──、っ」


 そこには、相変わらず柔らかい表情で僕を迎え入れてくれるフランクが両手を前で組んで微笑んでいる。そして、その傍らにはスージーのお母さんが立っていて、僕を見るなり深々と頭を下げながら辛そうな表情を浮かべていた。


 とうとうこの日が来てしまった。呼吸をするのも忘れ、僕は覚悟を決めた。




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