第25話~交わり~
この家に越してきてから、僕がこのベッドルームを使う日がとうとうやって来た。まさか、こんな形で初めてこのベッドで寝ることになるとは思っても見なかった。
サイドボードに置いた、小さなライトだけが点る薄暗い部屋。僕はスージーの肩を支えながらそっとベッドに横たわると、二人の重みでベッドが沈んだ。
「本当に、大丈夫?」
僕は不安で押しつぶされそうになりながらも、スージーの期待に応えようとした。いや、僕の心の奥底ではスージーと同じ気持ちだったのに、今の今まで、それをただ押さえ込んでいただけだった。
やっぱり止めると言ってくれれば、少しは気が楽になるとは思うが、同時に落ち込む自分も居るはずで。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、スージーは僕を安心させようと平気な振りをして見せた。
「うん、大丈夫よ、先生。だって私もう二十三よ? 子供じゃないんだから」
そんなどっちつかずの僕だから、彼女の返事を聞いても本当にそれが正しいものなのかすらわからない。
スージーの顔が良く見えるように、顔の周りにまとわりついた髪を掌で撫で付けては僕はまだ行動に移せないでいた。
「スージー、年齢は関係ないんだよ? ……ただ、こういうことって軽はずみにするもんじゃ――」
「軽はずみにしてるように、見える、のかな」
大きな目で僕を真っ直ぐ見つめるその瞳に、迷いは少しも感じられない。嘘偽りの無い純粋な子供の様な瞳で見つめられると、自分が汚いモノに思えてしまう。そんな風に考えてしまった途端、踏み留まる事をエランだ。
「やっぱり止めよう」
僕は起き上がると床に足をつけてベッドに座りなおすと、膝の上で肘をつき、顔を塞いだ。直ぐにスージーも上体を起こす。
「止める、って?」
今から自分がやろうとしている事は、本当に正しい事なのだろうか。少なからず彼女にリスクがのしかかると思うと、どうしてもこの先へ進めることが出来ない。
弱虫、そう言われても仕方が無いが、己の欲求を満たすためにスージーを危険な目にあわせることなど出来やしない。
「私って、そんなに魅力無いのかな」
僕の背後で、スージーのか細い声が聞こえる。
違う。君には何の非も無いんだ。
それを伝えようと彼女の方へ体を向けると、スージーの手を掬って甲に口付けた。
「そうじゃないんだ、スージー。僕が臆病なだけなんだよ。ずっと君を守ってきたのに、自らの手で君を傷つけてしまうのが……怖いんだ」
スージーは何も言葉にする事も無く、ただ、何度も首を振っている。
「スージー、君はとても魅力的だよ。僕は、君を心から愛している」
僕がそう言うと、どちらからともなく顔を寄せて行った。スージーのひんやりとした手が僕の頬に触れ、その手が次第に僕の首の後ろに巻き付くと、そのまま体重をかけて僕をベッドに引き寄せた。
「っ、スージー……!」
首に巻きついた彼女の手首を剥ぎ取り、スージーの唇から必死で逃れる。ベッドに横たわる彼女は次第に悲しそうな表情を浮かべ、ついには溢れそうな涙がこぼれない様、瞬きをするのを我慢しているかの様に見えた。
「お願い先生。私に恥をかかせないで」
僕に手首を拘束されながら、あのスージーが、まだ男を知らないスージーが、僕に抱いて欲しいと懇願する。
「――っ」
僕の中で何かがはじけ飛ぶような感覚が湧いてきて、それが迷っていた僕に行動を起こさせた。
「覚悟は……出来てる?」
スージーはゴクリと息を飲むと、静かに頷いた。
ならば、と、再び彼女に口付けようと顔を寄せたとき、
「優しくしてくれる?」
先程までは、一体、何処で覚えてきたのかと思うほど大胆な台詞を発していたのが嘘のように、急にしおらしくなる。少々当惑していたが、今の言葉を聞いた限りだとスージーにも少なからず戸惑いがあるのだろう。思わずホッとして口元が緩んだ。
「……うん」
スージーの額にかかった前髪を掌で掻き揚げると、そこに唇を押し当てる。少しづつ位置を変え、両方の頬にも口づけの雨を降らせた。
触れる唇の感触を味わっているのか、ただ単に、恥ずかしさで目を開けていられないのか。スージーはずっと目を閉じたままだった。
もったいぶるかのようにして最後に唇に触れた時、スージーとほぼ同時に舌先が触れる。お互いの舌の形を確かめるかのように、ゆっくりと絡めあわせた。
一旦唇を離し、目を合わせお互い微笑みあう頃には、もう僕の中に迷いは微塵も感じられなかった。
もう一度頬にキスを落とし、そのまま首筋へと下降を進める。くすぐったいのか、最初の方は首をすくめたりしていたが、しばらくそれを続けていると彼女の小さな顎があがり、溜息のような声が漏れ聞こえた。
掴んでいた手首を解放すると、すぐに僕の背に手を回す。口づける場所によって彼女の掌に力が入るのが良くわかり、そこを執拗に攻め立てると、溜息のような声から小さいがはっきりと悦びの声とわかるものに変わった。
彼女が悦んでいるのがわかると、調子に乗った僕の手はそのままルームウェアのシャツの裾から彼女の中へ侵入する。細い腰を捕らえると触れるか触れないかの様な手つきで、上に行くでもなく下へ向かうでもなく、その間でずっと彼女の肌の感触をただ味わっていた。
身体を捩りながら我慢していたスージーも、少しづつ息が乱れ始める。それを僕に悟られまいとして必死に絶えているのか、目を固く閉じては下唇を噛んでいた。
彼女を自分のモノにしたい。
初めてそんな気持ちが僕を支配した瞬間だった。
彼女の肌を隠すもの全てを取り去り、その柔らかい肌に口づける。直接触れたことによって、更に顎を天井に突き上げ背中を反り返す。
もう止まらない。
「スージー、愛してるよ」
彼女に満足してもらう為に僕は必死に尽くし、彼女も懸命にそれに応えてくれた。
僕は見えない壁を乗り越える事が出来、決して焦る事無くゆっくりと二人はやがて一つに重なっていった。