第18話~自分の居場所~
スージーは顔をしかめて腑に落ちなさそうな様子だ。どうすれば機嫌を直して貰えるのかと頭を悩ませていると、リビングの扉が勢いよく開いた。
「ナオ! ただい……ま?」
ウィルが帰宅した。
ソファーに座っている見知らぬ女性を見て、まるで他所の家に紛れ込んだかのような滑稽な顔をしている。
「ウィル、お帰り。ナオミは今お風呂だと思うよ」
「……あ? ああミックか。ただいまー……」
ウィルが僕に目配せをする。“この子は誰だ!?”と言わんばかりに目を見開いていた。
「ウィル、彼女はスージー。ほら前居た所の――」
「ああー! 前の! なーんだ、えっと、初めまして。僕はウィル。ミックとは子供の頃からの腐れ縁、てとこかな?」
「初めまして、スージーです」
スージーは立ち上がり、二人は握手を交わした。まだウィルは疑問がある様で僕に目で訴えている。僕とスージーの顔を交互に見ながら、どっちへ尋ねればいいか迷っている感じだった。
困っているウィルの様子が面白くて、僕は何も言わずじっとソファーに座っていた。
「えーっと? あの……どうして? ここへ?」
直海も僕も誰も聞かなかった事をウィルは聞いた。今日あった出来事を何も知らないのだから仕方が無い。
でも、どうしてここへ来たのか良くわからなかった僕は、両手を広げて首を傾げるだけだった。
「ああ……そう。えっと、……ナ、ナオー? ちょっと探してくる」
自分の家なのに妙によそよそしい。
とりあえず、ここには自分の居場所が無いと感じたウィルは、慌ててリビングから出て行った。
「なんだか悪いわ」
「くっくっく……、――? あ、そうだね。後でちゃんと僕から説明しておくよ、明日の朝まで居させて欲しいって」
スージーは僕の言葉を聞くと又顔を曇らせ、ソファーに腰を下ろした。
「帰りたくない」
「ダメだよ、帰らないと。明後日は学校もあるし皆心配してるんだから。第一、ここに君の居場所は無いって自分でもわかってるでしょ?」
「学校なんかもういい、私ここで仕事探して働くから!」
「何を言ってるのさ。学校はちゃんと行って卒業するべきだよ。しかも働くって、一体何の仕事をするつもりだい?」
「何でもいいの、ただ先生の側にいれたらそれでいいんだから」
口の先を尖らせながら少し拗ねた顔をしている。僕を頼ってくれるのは嬉しい事だが、彼女の要望を受け入れるだけの器は今の僕には無い。
「そんな駄々っ子みたいな事言わないの。お母様が聞いたら悲しむよ?」
「お母様はあの家の跡取りを私に生ませる事に躍起になってるだけよ。私なんてどうでもいいの」
「そんな風に思ってないよ」
僕が居なくなった事で、スージーはきっと不安になってしまったのだろう。自分に向けられる愛情が、あの家ではもう一つも得る事が出来ないのだと。
決してそういう訳では無いはずだが、彼女の立場を考えると軽々しく説き伏せるべきではない。いずれ時が過ぎ、もっと精神的にも大人になると母親の気持ちがわかる日が来るだろう。
彼女の話を聞いてあげる事で、少しでも彼女の感情を落ち着かせる事が出来ればと、堰を切って話し出したスージーに耳を傾け続けた。
「――さて、もうこんな時間だよ。そろそろ寝た方がいいね、明日は早いんだから」
僕は立ち上がると、スージーに手を差し出した。僕の手にスージーもそっと手を重ねてソファーから立ち上がる。彼女の肩を抱き二階の僕の部屋へと歩き出した。
「先生、本当に明日帰らなきゃダメ?」
「うん」
「又、先生と会える?」
「会えるさ」
「こっちで仕事探して先生の側に居てもいいの?」
「……いいよ。でも、それにはちゃんと大学を卒業しないとね」
そう言って僕はウィンクをした。
スージーの顔が笑顔に変わり、彼女はまるで希望を見出したかのようだった。




