第10話~安心感で満たされて~
「……」
聞き間違いかと思ったが、フロアライトの明かりでかすかに彼女の表情が見える。俯きながら怯えたような顔をしているところを見ると、やはり聞き間違いでは無いのだと悟った。
「ス、スージー? 前にも言ったと思うけど、君はもう――」
僕の言葉に彼女が言葉をかぶせる。
「わかってるけどっ……怖いの。でも先生が側にいるなら、又発作が出ても助けてもらえるって思って。そしたら安心して眠れると思うの」
「でも流石にそれは……。誰かに知れたらクビが飛ぶどころじゃなくなるよ」
「今日一日だけでいいの、お願い先生」
「スージー……」
訴えかけるような目で見つめられ、誰が断る事が出来るのだろうか。
僕は溜息を一つ吐くと、男らしく覚悟を決めた。
「はぁ、……オーケー。でも朝が来る前に自分の部屋に戻るんだよ?」
そう言った途端、パッと彼女の顔が明るくなった。
「ありがとう! 先生!」
僕に抱きついてそう言った。
彼女の恐怖が添い寝してあげる事によって、取り除く事が出来るのであれば。僕はそう割り切る事にした。
シーツを捲り彼女をベッドに招き入れる。スージーは嬉しそうにして滑り込んできた。
僕にしがみつくような体勢で体を横たえると、彼女は微笑みながら目を閉じている。その姿は、出会った頃のスージーと何ら変わっていない。
スージーは体つきが変わっただけで、中身は十歳の頃のままだ。それに比べると、僕の中ではあの頃とは違った感情が芽吹いてきているのを感じる。
――それは、決して表にだしてはいけない感情だった。
「いい匂い」
僕の胸に顔を埋めながら、大きく息を吸っている。
「匂い?」
「うん、先生の匂い凄く落ち着くの」
「そうなんだ」
「パパの匂いと一緒」
「……」
まだ僕がここに来て日が浅い頃、スージーと仲良しになった僕に添い寝してくれとせがんでくるようになった。
いくらまだ幼いとは言え流石にどうだろうかと心配になり、フランクに相談してみた事がある。フランクが言うには、スージーは小さい頃によく父親のベッドにもぐりこんでは添い寝してもらっていたらしい。
紫外線にあたってはいけない皮膚の病気を患っていた頃は、どうしても夜型の生活になりがちで夜遊ぶ事が多かった。それを心配した彼女の父親はスージーに普通の生活をさせたくて、良く一緒に寝ていたのだった。
父親が亡くなってからは、その役目は僕に変わっていた。
スージーは僕に父親の姿を重ねている。
改めてその事を突きつけられたようで、胸が苦しくなった。
自分の腕の中に、愛する女性が寄り添っているというのに、“愛している”の言葉さえ発する事が出来ないなんて。
気持ちを伝えられないという事が、これほどまでに苦しいとは思っても見なかった。
もう限界かもしれない、早くこの苦しみから解放されたい。
そう感じると、僕はずっと悩んでいた事をスージーに話す決意をした。
落ち着いて話を聞いてもらえるように、彼女の頭の下に回した手で小さな子をあやすように背中をトントンと叩く。
「スージー? 聞いてると思うけど、九月からはクリスが僕の代わりに君を守ってくれる。彼は責任感の強い奴だし適任だと思う。途中でほっぽり出すような奴じゃない。だから――僕はここを出ようと思うんだ。僕が君にして上げられる事は、残念ながらもう無いんだよ」
「……」
スージーは何も言わなかった。
引き止めてくれるのを少し期待した自分が哀れだ。
「九月になったらここを出て行くよ。――スージー?」
体を少しずらして彼女の顔を覗き込んでみると、スースーと寝息を立てて、僕の胸の中で微笑みながら彼女は深い眠りに落ちていた。