たこ焼き
ライブ終了後、帰り際にファン数名に囲まれた朱里は突然目の前に大きな箱を差し出された。
朱里は思わず足を止めて目を瞬かせる。
「今日はお疲れ様でした! 朱里さん、受け取ってもらえませんか? 俺らからのプレゼントです」
朱里の隣には大地がいて「何だべ? 開けてみでもいいが?」と言い、包装紙を広げた。すると中からは大層立派なたこ焼き器。
「俺ら朱里飯ファンで毎日楽しみにしてるんです。関西出身っていうこともあって、いつかたこ焼き回見たいなと思ってて! 是非使ってください!」
こんな差し入れは初めてである。でも朱里は子供の頃おもちゃをプレゼントされたような気持ちを思い出し、頬を染めた。すぐさまデニムのポケットに入れている小さなメモ帳とペンを取り出して、「どうもありがとう使わせてもらいます」と書き、ファンの1人に手渡した。わあ、とファンは歓声を上げる。
朱里はそれを大切そうに抱えて家に帰ると、早速説明書を読んだ。材料は薄力粉、タコ、だし、天かす、紅生姜、ネギに青のり、かつおぶし。表面が少しぶつぶつとしたら、竹串でひっくり返せばすぐにたこ焼きの完成です、とある。これは楽しそうである。朱里はたこ焼きを明日のお昼ご飯とすべく期待に胸を膨らませて寝所に入った。
翌朝、スーパーの開店と同時に、たこ焼きの材料メモ片手に突進する。
大地はすでに畑に行っている。でも昼は帰ってきて一緒にたこ焼きを食べる手筈になっている。朱里はあまりに楽しみであったので、大河とルアンも呼ぶことにした。たこ焼きパーティーの開催である。
昨夜寝る間際までたこ焼き動画をあれこれ観ていたら、たこ焼きパーティーなるものが世の中に存在していることを知ったのである。丸いものとて、ミートボールパーティーはない。お団子パーティーもない。パーティーがあるのはたこ焼きだけである。たこ焼きだけが有するいわば、特権である。それだけ楽しいということなのだろう。だからファンの人たちもその楽しさを伝えたく、こんな素晴らしいプレゼントを用意してくれたに違いない。
朱里の買い物かごはすぐにいっぱいになった。何せたこ焼き四人前である。大地とルアンは特に食欲旺盛だ。だからタコも2匹買った。薄力粉も格別大きいのを買ってみた。朱里は両手に大きな買い物袋ぶら下げながら帰宅すると、すぐにテーブルにたこ焼き器をセッティングした。
大地の育てた格別美味しいネギを庭から取ってきて洗い、切る。不揃い。でもきっと大丈夫。
材料を次々とボウルに入れて菜箸でごちゃごちゃに混ぜていく。ちょっと生地が飛んだ。でも許容範囲。
たこ焼き器に油を入れる。どぼ、と入ったが、これもどうにかなるだろう。しばらくすると油がぴちぴちと跳ね出した。危ない。朱里は慌ててボウルを傾ける。たこ焼き器は一気に生地の湖と化す。
もはやどこが穴かわからない。でも昨夜見た動画ではこんな風であった。竹串で穴ぼこを探りながらポン、とひっくり返せばすぐに丸い形が生まれるのだ。朱里はその時を待ちつつ、そうだ、タコを入れ忘れているということに気づく。
朱里はすぐにタコを切って生地の湖にポンポン投げ込んだ。大きいものも小さいものも全部入れた。早速竹串で穴を探り取り出してみる。しかし、丸い形は生まれない。動画では魔法のように次から次へと丸いたこ焼きが生まれ出たというのに。なぜだろう? 何がいけないのだろう? そうこうしてる間に大地のご帰宅である。
ただいまーと言い終わらぬ内にリビングに飛び込んできた。
「煙すげーべ!」
慌てて窓を開けてたこ焼き器のスイッチを切る。
朱里は明らかに困惑した顔で大地に助けを求めた。
昨日の動画みたいにならない。全然丸いものが出てこない。
「どれどれ」
大地は竹串を受け取ると、生地を掻き回し始めた。
「まあ、いっぱい入れたごど」
朱里は悲しくなる。
「でも気にすっごどねえど? だって味はおんなしだかんな。タコ入りもんじゃ焼きだべ。斬新だし美味そうだ、食ってみべ」
朱里の用意した皿に、スプーンで丸くなる見込みもない生地をよそっていく。
「おお、美味そうだべ! 頂きます!」
一口食べる。
「こら、美味いべ! 朱里も食え食え!」
朱里も恐る恐る口に運んだ。食べてみる。美味しい。タコが当たった。ニコリと微笑む。
すると玄関のチャイムが鳴り、大河とルアンもやってきた。
「もうできてんのがあ?」と破顔する大河。
「美味そうな匂いしてっぺ」
ルアンもそう言いながらリビングに入ってくると、テーブル上のたこ焼き器を見て顔を顰めた。
「なんだべこら」
「なんだべってたこ焼きだべよ、美味いぞ食え食え」
「……こら形がねえべ」
「形なんざねぐたって美味いものー」
ルアンは全てを悟る。
「しゃあねえな、俺が作ってやる」
ルアンは腕まくりをすると、さっさと形のない何かを皿に寄せて手際よく生地を作り出した。まるで何も見ずに。
朱里は半ば呆然としてその手つきを眺めていた。
「どうせまた入れすぎたんだっぺ。朱里は餃子作らしても、皮ん中さタネ収まり切らねえ程たんまり入れぢまうんだがら。様子見ながら初めはちっとでいいんだよちっとで」
朱里はうんうんと頷きながら真剣にルアンの手元を見つめている。
「ほだ、あいづら朱里の飯見てえっつってだがら、SNSさ上げてやっぺ」大地がそう言ってスマホを取り出す。
ーー最高の昼飯だべ! ファンの人らがらもらったたこ焼き器でたこ焼き完成! ありがとう
ルアン曰く形のない、生地だけの皿に盛られた一見なんだかよくわからない写真を撮って早速アップする。
「いまちっと待ってて俺の作ったの写真撮ればいいのに、せっかちだなあ」
「だって朱里の飯が見てえって言ってだんだもの」
早速コメントが付く。
「丸くねえ!」
「生地の海(四股名)」
「さすが朱里飯また予想を超えてきた!」
「でもたぶんタコ発見」
そうこうする間にルアンのたこ焼きが出来上がっていく。
「皿寄越せ」
次々にまんまるいたこ焼きたちが並んでいく。
朱里は安堵の笑みをこぼす。
「ほれ、おめもやってみ」
促され、朱里も竹串を穴の形に沿って回し、丸いたこ焼きをコロリ、と生み出す。
朱里の顔が輝いた。
「いがったなー! 今度は丸いのできたべ!」
ルアンに励まされ、朱里はすぐに夢中になってどんどん丸いたこ焼きを作った。大地は再び写真を撮る。
ーー続編→丸いたこ焼き。今日はいろんなたこ焼き食えてマジ最高!
大地のコメントが追加される。
「犯人はルアン先生だな」
「間違いない」
「ルアン先生お疲れ様です」
「頼むから料理人のスカウト来てもドラマーでいてくださいテクニカルメタルドラマー貴重なんですお願いします」
コメントは次第にルアンへの賛辞へと変わっていく
朱里は丸いたこ焼きを大地の皿と大河の皿にも次々に乗せてやる
今日は楽しい楽しいたこ焼きパーティー。




