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【最終章完結!】婚約破棄された私、魔獣と話せるスキルで暴れる竜を通訳したら、冷徹騎士団長様に「俺の恋心も通訳してくれ」と溺愛されています  作者: 月雅
最終章

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第10話 かゆい所に手が届く、永遠の物語



 その日は、とても静かな夜だった。


 寝室の窓からは、満月が優しく光を投げかけている。

 私はベッドに横たわり、浅くなった呼吸を繰り返していた。

 体は鉛のように重いけれど、不思議と苦しくはない。

 ただ、暖炉の火が消えかけていくような、静かな終わりの予感だけがあった。


「……エルマ」


 隣で、しわがれた声が私を呼んだ。

 ゆっくりと首を巡らせると、同じベッドに横たわるグレイド様が、私を見ていた。

 彼もまた、私と同じように最期の時を迎えようとしている。


「はい、あなた」


 私は精一杯の力で、シーツの上にある彼の手を探した。

 骨ばって、皺だらけの手。

 でも、その温もりは、何十年経っても変わらない。


「ずっと……一緒だったな」

「ええ。喧嘩もしましたけど、楽しかったです」

「ああ。……君と出会えて、私は本当に幸せだった」


 彼の瞳が、潤んで揺れている。

 老いてもなお、その瞳に宿る愛の色は、鮮やかなままだった。


 ベッドの周りには、たくさんの人影があった。

 アレンとレン。彼らの奥さんたち。そして孫たち。

 みんなが泣きながら、けれど笑顔で見送ろうとしてくれている。


 窓の外には、巨大な影が見えた。

 ポチだ。

 彼は窓枠に顔を寄せ、悲しげにクゥンと鳴いている。

 その隣には、相変わらず猫サイズのままの始祖竜のおじいちゃんが、静かに私たちを見守っていた。


『……よき人生じゃったな』


 おじいちゃんの声が、心に響く。


「はい。……最高の人生でした」


 私は小さく答えた。

 婚約破棄され、絶望していた私を拾い上げてくれた、この場所。

 言葉が通じなくても、心を通わせられると教えてくれた家族たち。

 そして何より、不器用で、一途で、誰よりも私を愛してくれた夫。


 もう、何も思い残すことはない。


「……そろそろ、行こうか」


 グレイド様が、私の手をぎゅっと握った。

 力が抜けていく体とは裏腹に、その握る力だけは強く、確かだった。


「ええ。……待っていてくれていますよ、あの子が」

「そうだな」


 まぶたが重くなる。

 視界が白く霞んでいく。

 耳に届く泣き声も、風の音も、次第に遠ざかっていく。


 怖くはなかった。

 隣に、彼がいるから。


 私は目を閉じた。

 意識が、深い闇へと溶けていく。

 そして――。


 ***


 風の音が聞こえた。


 目を開けると、そこは一面の青空だった。

 どこまでも広がる雲海。

 眩しい太陽の光。


「……ここは?」


 私は体を起こした。

 体が軽い。

 節々の痛みも、息苦しさもない。

 手を見ると、皺のない、滑らかな肌に戻っていた。

 着ているのは、あの頃よく着ていた、お気に入りのドレスだ。


「目が覚めたか、エルマ」


 懐かしい声。

 振り返ると、そこには若かりし頃のグレイド様が立っていた。

 白銀の髪に、鋭くも優しい青い瞳。

 騎士団の制服を凛々しく着こなした、私の大好きな旦那様だ。


「グレイド様! 若返っています!」

「君もだ。……相変わらず可愛いな」


 彼が照れくさそうに笑い、私に手を差し伸べた。

 私はその手を取り、立ち上がった。


 足元の感触が、ふわりとしている。

 見下ろすと、私たちは雲の上に立っているわけではなかった。

 黒く、硬く、そして温かい鱗の上だ。


『よぉ! 遅かったじゃねえか!』


 足元から、元気な声が響いてきた。

 巨大な翼が広がり、風を巻き起こす。

 漆黒の鱗。金色の瞳。

 間違いなく、彼だ。


「ヴェルドア!」


 私は叫んで、その首に抱きついた。


『へへっ。待ってたぜ、相棒!』


 ヴェルドアが嬉しそうに吼える。

 その背中には、懐かしい特注の鞍が取り付けられていた。


『さあ、行くぞ! 積もる話は飛びながらだ!』

「ああ。頼むぞ、ヴェルドア」


 グレイド様が私を抱き上げ、鞍に乗せてくれた。

 そして自分も後ろに乗り、慣れた手つきで手綱を握る。


 ヴェルドアが羽ばたいた。

 風を切る音。

 重力から解き放たれる浮遊感。

 あの頃と同じ、最高の乗り心地だ。


 私たちは雲海を翔けた。

 どこまでも続く空の旅。

 下界の様子は見えないけれど、きっとあそこでは、私たちの愛した子供たちが、今日も元気に生きているはずだ。


「ねえ、あなた」


 私は風に髪をなびかせながら、後ろの夫に話しかけた。


「ん?」

「背中、かゆくありませんか?」


 グレイド様が吹き出した気配がした。


「……ああ。実は、少しな」

「やっぱり。そう言うと思っていました」


 私は懐から、一本の棒を取り出した。

 ミスリル製で、宝石が埋め込まれた、あの特注の孫の手だ。

 魂と共に、ここまで持ってきてしまったらしい。


「失礼します」


 私は振り返り、彼の背中に孫の手を伸ばした。

 カリッ、カリカリ。


「……そこだ。ああ、極楽だ」


 グレイド様が目を細め、幸せそうな顔をする。

 その顔を見て、私も自然と笑顔になった。


 生きていても、死んでいても、私たちのやることは変わらない。

 かゆい所に手が届く。

 互いを思いやり、癒やし合う。

 それが、私たちの愛の形なのだから。


『おいおい、またイチャついてんのかよ!』


 ヴェルドアが呆れたように言う。


『まあいいや。俺の背中も頼むぜ、エルマ!』

「はいはい。任せておいて」


 私は孫の手を掲げ、高らかに笑った。


 空の旅は続く。

 どこまでも、いつまでも。


 これが、私の物語。

 「通訳」と呼ばれた元悪役令嬢と、冷徹な騎士団長と、最強の竜たちが織りなす、永遠のハッピーエンド。


 地上では、今日も新しい風が吹いていることだろう。

 双子たちが、ポチの背中を掻いて笑い合っている姿が、目に浮かぶようだ。


 私たちの愛は、そうして受け継がれていく。

 ずっと、ずっと未来まで。


(完)


長きに渡りお付き合いいただき、そして最後までお読みいただき、ありがとうございました!


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