第8話 新しい時代の竜騎士
王都の大通りは、熱狂に包まれていた。
空からは色とりどりの紙吹雪が舞い、沿道には溢れんばかりの人々が押し寄せている。
その中心を、漆黒の巨竜――ポチが堂々と行進していた。
背中には、誇らしげに手を振る二人の若き英雄、アレンとレンの姿がある。
魔獣災害を鎮め、無血で事態を収拾した功績は、瞬く間に国中へ知れ渡っていた。
もはや誰も彼らを「七光り」とは呼ばない。
「新時代の竜騎士」「沈黙の英雄」といった新しい二つ名が、彼らを讃えていた。
「……すごい人気ですね」
私は騎士団本部の最上階、来賓室の窓からその光景を見下ろしていた。
隣には、正装に身を包んだグレイド様が立っている。
「当然だ。彼らは歴史を変えたのだからな」
グレイド様は満足げに頷いた。
その表情は、団長としての厳しさよりも、父親としての誇らしさが勝っていた。
やがて、ポチが本部のバルコニーに着地した。
双子が降り立ち、集まった騎士団員や市民たちに向かって敬礼する。
その姿は堂々としていて、頼もしかった。
マイク代わりの拡声魔法が起動する。
アレンが一歩前に出た。
「皆さん! 今日は集まってくれてありがとう!」
若々しく、通る声。
かつて、怪我をした小竜の前で泣いていた少年の面影はない。
「僕たちは、今回の戦いで一つ、大切なことを学びました。それは、『言葉がなくても、心は通じる』ということです」
アレンがポチの首を撫でる。
ポチは嬉しそうに目を細め、喉を鳴らした。
その姿だけで、彼らの信頼関係がどれほど深いかが伝わってくる。
「母は『魔獣通訳』という素晴らしい力を持っています。でも、僕たちにはありません。だから最初は、自分たちはダメなんだと思っていました」
レンが言葉を継いだ。
「でも、違いました。言葉がないからこそ、相手をよく見て、触れて、心で感じることができるんです。それは、言葉よりもずっと確かな絆でした」
静まり返った広場に、レンの言葉が染み渡っていく。
「竜は道具じゃありません。言葉が通じないからといって、支配していい相手じゃないんです。心を通わせれば、最高のパートナーになれる。僕たちが、それを証明しました!」
ワァァァァァッ!
割れんばかりの歓声が上がった。
拍手の音が、波のように押し寄せる。
それは、古い常識が崩れ去り、新しい価値観が受け入れられた瞬間だった。
私は窓辺で、静かに涙を拭った。
あの子たちは、私のコンプレックスだった「特殊能力」さえも、過去のものにしてくれた。
「通訳がいなければダメだ」という呪縛から、世界を解放してくれたのだ。
「……立派になったな」
グレイド様が私の肩を抱いた。
「ああ。私の自慢の息子たちだ」
「ええ。私の自慢でもあります」
「そして」
彼は私に向き直り、真剣な眼差しで見つめた。
「彼らをここまで育て上げたのは、君だ。君の愛と、君の背中が、彼らを導いたんだ。……君こそが、私の自慢の妻だ」
その言葉に、胸がいっぱいになる。
私はただ、必死だっただけだ。
自分の能力に悩み、子供たちの将来を案じ、時には失敗もしながら、それでも愛することだけは止めなかった。
その結果が、今のこの光景なのだとしたら。
私の人生は、なんて報われたものなのだろう。
「ありがとうございます、グレイド様。あなたがいてくれたからです」
私は彼の手を握り返した。
皺の増えた手。
でも、その温かさは出会った頃と変わらない。
バルコニーでは、双子がポチに乗って再び空へ舞い上がろうとしていた。
彼らの未来は、果てしなく広がっている。
もう、私たちが手出しをする幕はない。
「……行こうか、エルマ。私たちの役目は終わった」
「はい。家に帰りましょう」
私たちは窓から離れ、部屋を出た。
歓声はまだ続いているけれど、それはもう、次世代のためのものだ。
廊下を歩きながら、私はふと思った。
これから先、老いていく私たちには、何が残るのだろう。
地位も、名誉も、若さも失っていく。
でも。
隣を歩く夫の手の温もり。
それさえあれば、何も怖くない気がした。
私たちはゆっくりと、けれど確かな足取りで、静かな余生へと歩み出した。
その背中を、見えないヴェルドアが見守ってくれているような気がして、私は一度だけ振り返り、微笑んだ。
ありがとう。
そして、さようなら、私の「通訳」としての時代。
これからは、ただの一人の妻として、愛する人と共に生きていこう。




