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第4話 街への買い出しは「デート」として誤解されています



 平和だ。

 こんなに穏やかな休日は久しぶりだ。


 竜騎士団での激動の一週間が過ぎ、今日は初めての非番。

 私は街へ買い物に来ていた。


 目的は、ヴェルドアのお気に入りグッズの補充だ。

 あの甘えん坊の黒竜は、最近『背中を掻くブラシはもっと柔らかい毛のがいい』とか『いい匂いのする香油を塗れ』とか、美容意識の高い注文をしてくるようになったのだ。


「ええと、高級ブラシと、ラベンダーの香油……あ、あと巨大なクッションも」


 メモを見ながら石畳の大通りを歩く。

 城塞都市バルディアは活気に満ちている。

 武器屋や防具屋が多いけれど、最近はお洒落なカフェや雑貨屋も増えてきたらしい。


 一人でのんびり買い物をするつもりだった。

 しかし、私の隣には予想外の人物が並んで歩いていた。


「……荷物は私が持とう」


 低い声と共に、私の手から買い物カゴが奪われる。

 グレイド団長だ。


 ただし、いつもの白銀の鎧姿ではない。

 今日は白いシャツに黒のベスト、仕立ての良いスラックスという私服姿。

 鍛え上げられた長身にシンプルな服が映えて、通りすがる女性たちが振り返らずにはいられないほどの美丈夫ぶりだ。


「あの、団長様。本当に大丈夫ですから。お休みの日まで付き合わせてしまって申し訳ないです」

「気にするな。君は我が騎士団の最重要人物だ。万が一、不届き者に絡まれたら困る」


 彼は真顔でそう言い切った。

 どうやらこれは「護衛任務」らしい。

 確かに私はヴェルドアの唯一の通訳係だけれど、そこまで過保護にしなくてもいいのに。


「それに、ヴェルドアの備品選びだろう? 最終的な支払いは私の権限で行う。一緒の方が早い」

「それはそうですが……」


 正論だ。

 でも、この状況はどう見ても。


「見て、あの人すっごいイケメン!」

「隣の子は誰? 彼女かな?」

「お似合いねぇ、デートかしら」


 すれ違う人々から、そんなヒソヒソ話が聞こえてくる。

 デート。

 そう見えてしまうのも無理はない。

 美形の公爵様が、地味な元男爵令嬢の荷物を持ってエスコートしているのだから。


 私は居心地の悪さに身を縮めた。

 隣のグレイド様は涼しい顔をしているけれど、本当は迷惑なんじゃないだろうか。


「……エルマ」

「は、はい!」

「あの店はどうだ? ヴェルドアが好きそうなクッションがありそうだ」


 彼が指差したのは、高級家具店だった。

 ショーウィンドウにはふかふかのソファやベッドが並んでいる。


「あ、いいですね! 入ってみましょう」


 私たちは店に入り、巨大なビーズクッションを選んだ。

 ヴェルドアが寝転がるには小さすぎるけれど、枕代わりにはなるだろう。


「これを十個くれ。配送先は竜騎士団だ」

「かしこまりました! ……えっ、竜騎士団!?」


 店員が驚いて目を丸くしたが、グレイド様が支払いのサインをすると、すぐに直立不動で敬礼した。

 さすが公爵様、サイン一つで顔パスだ。


 買い物を終え、私たちは大通りに戻った。

 少し歩き疲れたので、オープンカフェで休憩することになった。


「君は何を飲む?」

「じゃあ、冷たいレモネードを」


 グレイド様が注文に行ってくれる間、私はテラス席でぼんやりと通りを眺めていた。

 平和だなぁ。

 婚約破棄された時はどうなるかと思ったけれど、今はこうして穏やかな時間を過ごせている。


 そう思っていた時だった。


「おや? そこにいるのは、エルマ嬢じゃないか」


 聞き覚えのある、ねっとりとした声。

 背筋が凍った。

 ゆっくりと顔を上げると、そこには派手な服装をした若い男が立っていた。


 元婚約者の友人である、男爵家の三男だ。

 以前、夜会で私が一人でいる時にしつこく話しかけてきて、断ると「地味女のくせに」と悪態をついた人物だ。


「……お久しぶりです」

「いやあ、奇遇だね。王都を追い出されたと聞いたけど、こんな辺境にいたとは」


 彼は私の向かいの席に、勝手に座り込んだ。

 ニヤニヤとした笑みを浮かべている。


「どうだい? 仕事は見つかったのかい? 見たところ、ずいぶん暇そうじゃないか」

「……騎士団で働いておりますので」

「騎士団? ああ、雑用係か何かかな? 似合いだねぇ、君のような地味な女には」


 彼は扇子で口元を隠しながら笑った。


「可哀想に。あのまま王都にいれば、僕の愛人にでもしてあげたのに。今からでもどうだい? 少しは安くしてあげるよ?」


 カッとなった。

 私を侮辱するのはいい。でも、今の私の仕事や、私を拾ってくれた竜騎士団を馬鹿にされたようで許せなかった。


「お断りします。私は今の生活に満足していますので」

「強がるなよ。手切れ金も尽きた頃だろう?」


 男が身を乗り出し、私の手に触れようとした、その時。


 ドンッ!


 重い音が響き、男の目の前のテーブルに、氷の入ったグラスが叩きつけられた。

 レモネードだ。

 そして、男の肩を背後から巨大な手が掴んだ。


「……誰の連れに、手を出そうとしている?」


 地獄の底から響くような、低く、冷徹な声。

 グレイド様が立っていた。


 その表情を見て、私は息を飲んだ。

 能面のようだった彼の顔が、今は明確な殺気を放っている。

 青い瞳が、絶対零度のような冷たさで男を見下ろしていた。


「ひっ……!?」


 男は悲鳴を上げ、振り返った。

 そしてグレイド様の顔を見て、さらに顔を青くした。


「グ、グレイド公爵……!? な、なぜここに!?」

「質問しているのは私だ。貴様、私の部下に何をしていた?」


 ミシミシと音がしそうなほど、肩を掴む手に力が込められている。

 グレイド様は男を見下ろしたまま、静かに、しかし威圧的に告げた。


「彼女は、私が直々にスカウトした竜騎士団の特別管理官だ。彼女への侮辱は、私と騎士団全体への侮辱と見なす」

「と、特別管理官!? こ、この女が……!?」

「言葉を慎め」


 その一言で、周囲の空気が凍りついたようだった。

 カフェにいた客たちも、異変に気づいて息を潜めている。


「次に彼女の前に現れたら、公務執行妨害および公爵家への不敬罪で即刻しょっぴく。……失せろ」


 最後の一言は、もはや人間の声ではなかった。

 まるで竜の咆哮のような威圧感。

 男は「ひいいっ!」と情けない声を上げ、椅子を倒して逃げ出した。

 あっという間に人混みの中へ消えていく。


 静寂が戻った。

 グレイド様は肩の力を抜き、ふうと息を吐いた。


「……すまない。騒がしくしてしまった」


 彼は何事もなかったかのように、私の前の席に座った。

 そして、自分の分のコーヒーに口をつける。

 手は震えていないし、表情もいつもの無表情に戻っている。


「あの……ありがとうございます、団長様」

「礼には及ばない。害虫を駆除しただけだ」


 彼は素っ気なく言ったけれど、私にはわかった。

 さっきの怒りは、ただの部下を守る義務感じゃなかった。

 本当に、心の底から怒ってくれていたのだと。


「……怖かったか?」

「えっ?」

「私が、あんな風に脅して」


 彼が少し不安そうに私を見た。

 私は首を横に振った。


「いいえ。とっても頼もしかったです。……嬉しかったです」

「そうか」


 グレイド様はカップで口元を隠し、視線を逸らした。

 耳が、また少し赤くなっている気がする。


 帰り道。

 夕焼けに染まる大通りを、二人で並んで歩いた。

 行きよりも少しだけ、二人の距離が近い気がした。


「……エルマ」

「はい」

「君がいてくれて、よかった」


 彼がぽつりと呟いた。

 それはヴェルドアの通訳としてなのか、それとも。


「私もです。ここに来て、よかったです」


 私は素直にそう答えた。

 竜騎士団の寮が見えてくる。

 そこにはヴェルドアが待っている。

 そして隣には、不器用だけど優しい団長様がいる。


 私の新しい居場所は、間違いなくここなのだ。

 そう確信して、私は自然と笑顔になった。


 ……けれど、この時の私はまだ知らなかった。

 逃げ帰った男が王都で元婚約者に告げ口をし、新たなトラブルの種を撒くことになろうとは。


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