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【最終章完結!】婚約破棄された私、魔獣と話せるスキルで暴れる竜を通訳したら、冷徹騎士団長様に「俺の恋心も通訳してくれ」と溺愛されています  作者: 月雅
第4章

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第9話 言葉はいらない



 穏やかな午後の日差しが、芝生を黄金色に染めていた。


 テラスの椅子に深く腰掛け、私は湯気の立つ紅茶を口に運んだ。

 香り高い茶葉の匂い。

 隣には、書類仕事の合間に休憩をとりに来たグレイド様がいる。


 私たちは言葉少なに、庭で繰り広げられる光景を眺めていた。

 それは、数年前の私が見たら信じられないような、賑やかで、そして奇跡のような光景だった。


「行けー! ポチ号、発進!」

「右だよ! 右から回り込むんだ!」


 アレンとレンが声を張り上げる。

 二人がまたがっているのは、以前よりも少しふっくらとして、鱗に艶が出てきた小竜――ポチだ。

 傷はすっかり癒え、栄養状態も良くなり、本来の赤褐色の鱗が美しく輝いている。


『グルルッ!』


 ポチが喉を鳴らし、器用に身を翻す。

 背中に乗せた二人を落とさないよう、絶妙なバランスを保ちながら、庭木の間を縫うように疾走する。


 驚くべきは、その連携だ。

 双子は手綱など持っていない。

 ポチの首元に手を添え、膝で合図を送っているだけだ。

 それなのに、ポチは彼らの意図を完璧に汲み取り、まるで一つの生き物のように動いている。


「……すごいですね」


 私はカップをソーサーに置き、感嘆の息を漏らした。


「あの子たち、本当に言葉がわかっていないのでしょうか」

「聞こえてはいないさ。だが、わかってはいる」


 グレイド様が目を細めて笑った。


「見ろ。レンがポチの首筋を軽く叩いた。あれは『減速』の合図だ。アレンが体を傾けたのは『旋回』の指示。ポチもそれを理解して動いている」


 言われてよく見れば、確かに細かなサインの交換が行われている。

 でも、それは訓練された合図というよりは、遊びの中で自然に生まれた「阿吽の呼吸」に見えた。


『へっ、やるじゃねえかチビども! だが俺のスピードには勝てねぇぞ!』


 上空からヴェルドアが急降下してくる。

 彼はわざとポチの鼻先をかすめるように飛び、挑発する。

 大人げない最強の竜だ。


『ワンッ! 負けないぞ、デカいの!』


 ポチが犬のように吠え(本当に鳴き声が『ワン』に近いのだ)、果敢にヴェルドアを追いかける。

 体格差は何十倍もあるけれど、ポチに恐れの色はない。

 背中に信頼できる相棒たちを乗せているからだろう。


『フォッフォッフォ。若いのは元気じゃのぅ』


 縁側……ではなくテラスの隅で、始祖竜のおじいちゃんが日向ぼっこをしながら笑っている。

 彼の手には、双子が食べ残したクッキーが握られていた。

 カオスだ。

 伝説の魔竜と、最強の黒竜と、野生の小竜が入り乱れる庭。

 普通なら国家非常事態宣言が出てもおかしくない状況だけれど、今の公爵邸にとっては、これが日常だった。


「……以前の私は、思い上がっていました」


 私はポチの背中で笑う双子を見つめながら、静かに言った。


「『通訳』がいなければ、人と竜はわかり合えないと思っていました。言葉こそが、理解の鍵だと」

「無理もない。君はずっと、その力で生き抜いてきたのだからな」

「ええ。でも、あの子たちが教えてくれました」


 言葉は、時に邪魔になることもある。

 「痛い」「お腹が空いた」と言葉で伝えられれば、確かに解決は早い。

 けれど、言葉に頼りすぎると、相手の表情や、体温の変化や、空気感を見落としてしまう。


 双子とポチの間には、言葉はない。

 だからこそ彼らは、全身全霊で相手を感じ取ろうとする。

 その結果生まれた絆は、言葉で繋がった関係よりも、もしかしたら強靭なのかもしれない。


「言葉はいらないんですね、本当は」

「……そうだな。だが」


 グレイド様が私の手を取り、指先をそっと撫でた。


「君の言葉があったからこそ、今の私たちがあるのも事実だ。君が声を拾い上げ、繋いでくれたから、この幸せな庭が生まれた」


 彼の言葉に、胸が温かくなる。

 否定されたわけじゃない。

 私の役割も、あの子たちのやり方も、どちらも正しくて、どちらも尊いのだ。


「私たちは、いい仕事をしたな」


 グレイド様が、どこか満足げに言った。

 騎士団長としての激務を終えた後でも見せないような、達成感に満ちた顔だ。


「ええ。あの子たちの成長を見守れたこと、私の誇りです」

「私もだ。……君の教育方針には、正直ヒヤヒヤさせられたがな」

「あら、グレイド様こそ。あんなにスパルタな剣術指導、見ていて胃が痛くなりましたよ」


 私たちは顔を見合わせて笑った。

 夫婦として、親として、悩みながらも歩んできた数年間。

 その答え合わせが、目の前の笑顔だ。


 日が傾き始め、空が茜色に染まっていく。

 遊び疲れたのか、ポチの動きがゆっくりになった。

 双子もポチの背中から降りて、芝生の上に寝転がっている。


「はぁー、疲れた!」

「ポチ、速かったね!」


 ポチが二人の間に割り込み、顔を舐める。

 ヴェルドアも着地し、翼を畳んでその横に座り込んだ。

 始祖竜がお茶菓子を持ってトコトコと歩いていく。


 自然と、みんなが一箇所に集まっていく。

 示し合わせたわけでもないのに。


「……そろそろ、夕食の時間ですね」

「ああ。今日は君の好物のシチューを作らせている」

「まあ。子供たちも喜びます」


 私たちは立ち上がり、手すりに寄りかかって庭に声をかけた。


「アレン! レン! ご飯にするわよ!」

「ポチも、ヴェルドアも、おじいちゃんも! みんなおいで!」


 私の声に、全員が一斉にこちらを向いた。


「はーい!」

『飯だ! 肉だ!』

『茶の時間か、よきかな』

『ワンッ!』


 種族も、言葉も、大きさもバラバラな家族たち。

 けれど、彼らの瞳に宿る温かい光は、みんな同じだった。


 かつて、私は自分の能力を「気味が悪い」と言われ、孤独だった。

 誰にも理解されないと思っていた。

 でも今、私の周りにはこんなにもたくさんの「理解者」がいる。

 言葉が通じる人も、通じない竜も、みんな私の大切な家族だ。


「ママ、抱っこ!」

「パパ、肩車!」


 テラスに戻ってきた双子が、甘えて手を伸ばす。

 グレイド様は軽々とレンを肩に乗せ、私はアレンを抱き上げた。

 ずっしりと重い。

 成長の証だ。


「ポチも、おうちに入る?」


 アレンが尋ねる。

 ポチは少し迷ったように鼻を鳴らしたが、ヴェルドアが背中をドンと押した。


『行けよ。今日は特別だ』

『……いいのか?』

「もちろんよ。家族だもの」


 私が言うと、ポチは嬉しそうに尻尾を振って、リビングへと足を踏み入れた。

 まあ、家具を壊さないか心配だけど、今日くらいは大目にみよう。


 賑やかな食卓が待っている。

 「通訳」なんてなくても、美味しいものを食べて、笑い合えば、心は通じる。

 それが、私がこの数年で見つけた、一番の真理だった。


「さあ、帰りましょう」


 グレイド様が私の腰に手を回す。

 夕日に照らされた彼の横顔は、出会った頃よりもずっと穏やかで、優しかった。


 私は幸せを噛み締めながら、愛する人たちと共に、温かい明かりの灯る部屋へと戻っていった。


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