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第5話 最強の夫婦、包囲網を突破する



 ゴオオオオオッ!


 耳をつんざく風切り音が、思考を吹き飛ばしていく。

 私たちは夜明け前の空を、弾丸のような速度で翔けていた。


 眼下には、公爵邸を取り囲む無数の松明の明かりが見える。

 まるで地上の星空のようだ。

 けれど、その一つ一つが私に向けられた敵意の炎だと思うと、背筋が凍る。


「しっかり捕まっていろ、エルマ!」


 私の背後で手綱を握るグレイド様が叫んだ。

 私は彼の腕の中、ヴェルドアの首にしがみつきながら、必死に声をかける。


「ヴェルドア、大丈夫!? 痛くない!?」


 私の手は、ヴェルドアの首筋を絶え間なくさすり続けていた。

 指先から魔力を流し、彼の頭痛を少しでも和らげようとする。

 気休めかもしれない。

 でも、今の私にできるのはこれしかない。


『……うぅ……痛いけど……平気だ……!』


 ヴェルドアの声が、苦痛に歪みながらも力強く響く。


『エルマとグレイドが乗ってるんだ……俺が落ちたら、お前らが死んじまう……!』

「ヴェルドア……」

『だから飛ぶ! あのうるさい親玉を黙らせてやるんだ!』


 健気な相棒の言葉に、涙が出そうになる。

 あんなに甘えん坊だった彼が、こんなに立派になって。


「来るぞ! 前方、飛竜部隊だ!」


 グレイド様の警告で、私は前を向いた。

 雲の切れ間から、数十騎の飛竜が現れる。

 教団の紋章を掲げた、精鋭部隊だ。


「止まれ! 悪魔の使いめ!」

「巫女を引き渡せ!」


 魔導拡声器を通した怒号が飛んでくる。

 彼らは躊躇なく、魔法弾を放ってきた。

 色とりどりの光弾が雨あられと降り注ぐ。


「くっ!」


 ヴェルドアが巨体をひねり、回避行動をとる。

 しかし、頭痛のせいで反応が遅い。

 数発が翼をかすめ、焦げ臭い匂いが漂う。


「グレイド様、迎撃を!」

「無理だ! 手綱を離せばヴェルドアの制御が効かなくなる! それに、彼らを殺すわけにはいかない!」


 グレイド様は歯を食いしばっていた。

 彼らは教団に扇動されただけの、他国の騎士たちだ。

 私たちが彼らを殺せば、本当に「人類の敵」になってしまう。

 それを避けるためには、ひたすら逃げるしかない。


 でも、数は圧倒的だ。

 左右からも挟み込まれる。

 逃げ場がない。


 ――ここまでなの?


 私が唇を噛み締めた、その時だった。


 ズドンッ!!


 横合いから、赤い閃光が走った。

 巨大な炎の塊が、教団の隊列の中央で炸裂する。

 直撃こそしなかったものの、爆風で飛竜たちがバランスを崩し、隊列が崩壊した。


「な、なんだ!?」

「敵襲か!?」


 混乱する空域に、悠然と割り込んでくる影があった。

 朝焼けに染まる空よりも鮮やかな、紅蓮の鱗を持つ竜。

 そして、その背に乗る赤髪の男。


「よう。随分と楽しそうなおいかけっこだな」


 ニヤリと笑うその顔に見覚えがありすぎて、私は目を疑った。


「レオン皇子!?」

「遅くなったな、公爵夫妻。借りを返しに来たぜ!」


 隣国ドラグニール帝国の「竜帝」、レオン・ドラグニール。

 かつて私を奪おうとし、そして和解した男が、そこにいた。


「どうして、あなたがここに……」

「世界中がパニックだ。帝国も例外じゃない。だが、俺のアカはお前のおかげで正気を保ってる」


 レオンが愛竜の首をポンと叩く。

 アカは『任せろ!』と言わんばかりに吼えた。

 その首には、もう支配の首輪はない。

 代わりに、鞍の横には見慣れた銀色の棒――私がプレゼントした「孫の手」が差してあった。


「あいつの機嫌を取るコツは、もう掴んだからな。かゆい所を掻いてやれば、始祖竜の声なんて無視できるらしい」

「ふふっ、さすがです!」


 孫の手が世界を救う日が来るとは思わなかった。


「ここは俺が引き受ける! お前らは先に行け! 元凶を叩くんだろ?」

「恩に着る、レオン!」


 グレイド様が叫ぶ。

 レオンは片手を上げて応え、赤竜を反転させた。


「行くぞアカ! 帝国流の空戦術を見せてやれ!」


 赤竜が教団部隊に向かって突撃していく。

 その背中は、かつての支配者ではなく、頼れる戦友のそれだった。


 私たちはその隙に、包囲網を突破した。

 雲を突き抜け、さらに高度を上げる。

 追っ手の姿はもう見えない。


「……助かりましたね」

「ああ。まさか彼が来てくれるとはな」


 グレイド様が安堵の息を吐く。

 独りよがりだった。

 世界中が敵だなんて思っていたけれど、私たちの絆は、ちゃんと外の世界にも届いていたのだ。


 雲海の上に出ると、視界が一気に開けた。

 東の空から太陽が昇り、黄金色の光が世界を照らし始める。

 そして、前方の彼方に、それはあった。


「……あれが、始祖の谷?」


 北の山脈の奥深く。

 万年雪に覆われた峰々の間に、巨大な黒い影が鎮座していた。

 山ではない。

 生き物だ。


 あまりにも巨大すぎて、距離感が狂う。

 雲を突き抜けてそびえ立つその姿は、神話に出てくる巨神のようだった。


『……あそこだ』


 ヴェルドアが呻くように言った。


『あそこから、声が聞こえる……怒ってる……寂しいって、泣いてる……』


 ヴェルドアの声に、共鳴するような強い波動を感じる。

 私の頭の中にも、ノイズのような感情が流れ込んできた。


 痛い。

 苦しい。

 誰か、気づいて。


 それは、怒りというよりも、途方もなく長い時間を孤独に過ごしてきた者の、悲痛な叫びだった。


「……聞こえます」


 私はグレイド様の腕を握りしめた。


「怒っているんじゃない。助けを求めているんです」

「助けを?」

「はい。行きますよ、グレイド様。私たちの出番です」


 私は前を見据えた。

 もう迷いはない。

 犠牲になるためではなく、この巨大な迷子を救うために、私たちはここに来たのだ。


 ヴェルドアが最後の力を振り絞り、加速する。

 目指すは、神話の化身。

 最強の夫婦による、前代未聞の「問診」が始まろうとしていた。


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