第3話 旦那様の過保護が爆発して「外出禁止令」が出ました
窓の外には、抜けるような青空が広がっているのに、私の世界はこの分厚いガラス一枚で隔てられていた。
レオン皇子の来訪から数日が経った。
あの日以来、公爵邸の空気は一変していた。
庭園には常に武装した騎士たちが巡回し、屋敷の出入り口は厳重に封鎖されている。
「……また、雨戸を閉めるの?」
私が尋ねると、メイド長は申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ございません、奥様。旦那様からの厳命ですので」
昼間だというのに、部屋の中は薄暗い。
私はため息をついて、ソファに身を沈めた。
外出禁止令。
それが、夫であるグレイド様が私に下した命令だった。
街への買い物はもちろん、私が生きがいにしている竜騎士団への出勤すら禁じられたのだ。
「ヴェルドアの世話があるんです。私が行かないと、あの子が拗ねてしまいます」
「竜舎への立ち入りも許可できません。専属の騎士たちが対応しております」
取り付く島もない。
騎士たちが世話をするといっても、ヴェルドアの言葉がわかるわけではない。
きっと今頃、『エルマはどこだ!』と騒いでいるに違いないのに。
私は膝の上で拳を握りしめた。
守られているのはわかる。
レオン皇子は危険な人物だし、私を攫おうとしているのも事実だ。
でも、これではまるで籠の中の鳥だ。
私は立ち上がった。
「旦那様のところへ行きます」
「お、奥様!? なりませぬ!」
制止するメイドたちを振り切り、私は部屋を飛び出した。
長い廊下を早足で進む。
すれ違う騎士たちが驚いて道を空ける。
執務室の重厚な扉の前で、私は一度深呼吸をしてから、ノックもせずに押し開けた。
「グレイド様!」
執務机に向かっていたグレイド様が、驚いて顔を上げた。
その顔には、隠しきれない疲労の色が滲んでいる。
目の下には隈があり、ここ数日まともに寝ていないのがわかった。
「エルマ……? どうして部屋を出たんだ。危険だと言っただろう」
彼はすぐに立ち上がり、私に歩み寄ろうとした。
けれど、私はその場に留まって彼を睨み返した。
「危険なのはわかります。でも、仕事を辞めさせられる理由にはなりません」
「辞めさせるわけではない。一時的な休止だ。レオンが帰国するまでの辛抱だ」
「その一時的が、いつまで続くんですか? ヴェルドアは私の相棒です。あの子を放っておくなんてできません」
私の訴えに、グレイド様は苦しげに眉を寄せた。
「ヴェルドアよりも、君の安全が最優先だ。レオンは手段を選ばない男だ。もし君が連れ去られたら……私は……」
彼の声が震えた。
その瞳には、深い恐怖が宿っている。
私を失うことへの、強烈な恐れ。
それは愛ゆえのものだとわかっている。
わかっているけれど、納得できなかった。
「私は人形じゃありません!」
思わず叫んでいた。
「ただ守られて、箱の中に飾っておかれるだけの存在になりたくないんです! 私はあなたのパートナーでしょう? 背中を預け合うって、約束したじゃないですか!」
私の言葉に、グレイド様の表情が硬化した。
彼は冷徹な「騎士団長」の顔に戻り、静かに、しかし拒絶的に告げた。
「……君にはわからない。奪われる側の恐怖が」
「グレイド様……」
「議論は終わりだ。部屋に戻りなさい。ほとぼりが冷めるまで、一歩も出ることは許さん」
彼は背を向けた。
これ以上、話すことはないという態度だった。
悔し涙が滲んだ。
私は何も言わずに踵を返し、執務室を飛び出した。
***
部屋に戻った私は、ベッドに突っ伏して泣いた。
どうしてわかってくれないの。
私はただ、役に立ちたいだけなのに。
一緒に立ち向かいたいだけなのに。
日が暮れて、部屋の中は完全に闇に包まれた。
夕食も喉を通らず、私は窓辺に座り込んで膝を抱えていた。
窓の外、遠く離れた竜舎の方角から、微かな唸り声が聞こえてくる。
『……ムズムズする……』
『イライラするんだよぉ……!』
ヴェルドアの声だ。
いつもの甘えるような声じゃない。
何かに耐えるような、切羽詰まった響きが含まれている。
「ヴェルドア……」
ガラスに手を当てる。
あの子も苦しんでいる。
私がブラッシングしてあげれば、きっと落ち着くはずなのに。
でも、部屋の外には見張りの騎士がいる。
ここから出ることはできない。
無力感が胸を押しつぶす。
公爵夫人になれば、もっと自由になれると思っていた。
もっと彼を支えられると思っていた。
現実は、ただの「守るべき弱者」として隔離されただけだった。
グレイド様のことは愛している。
でも、このままでは心が死んでしまいそうだ。
その時だった。
コン、コン。
窓ガラスを叩く音がした。
ここは三階だ。
人が叩けるはずがない。
私は顔を上げた。
ヴェルドア?
あの子が飛んできたの?
期待してカーテンを開けた私は、そこに浮かぶシルエットを見て息を呑んだ。
巨大な竜の影ではない。
もっと小さな、人型の影が、月明かりを背にして浮いていた。
窓の向こうで、その影がニヤリと笑ったように見えた。




