97.そろそろ
じいじは自身の持つ槍の切っ先に視線を向ける。
「毒なんだな、これが」
「ギアァアアアアアアアア」
鉄拳の騎士はなおも、うめき声をあげている。
「鉄拳の騎士よ……! 再生せよ!」
ドッペルゲンガーは叫ぶ。
しかし、
「グギィイ……」
再生はおろか、消滅させることもできなくなっていた。
想定外の状況に、ドッペルゲンガーは焦りの表情を浮かべる。
「くっ……、毒だと……? そ、そんな能力……20年前には……」
「だーから言ったじゃろ。これが『お前の知らない20年』って奴だよ」
「……なっ……?」
「お前の言うように、じじいになって身体の衰えがあった。それまでのように物理的な攻撃で圧倒するやり方に限界を感じた。だから、俺も進化する必要があった」
「……っ、進化って……、しかし、毒などという複雑な構造を魔力で形成するなど……、そんな容易いことじゃ……」
「だから、容易くなかった。いっぱい頑張ったの。年甲斐もなく……。んー、しかし、本当のお前はそんな俺の気質も知っていたはずだが?」
「っっ……」
「おっ、効いてきたかな?」
「っっ……、ま、まさか……」
「そうじゃ。毒といっても普通の毒じゃないんだよ。魔力で形成された特殊な毒じゃ。対象の魔力に直接注入することで、その魔力源にも作用する。まぁ、効いてくるまでに時間がかかるのがちと難点だがの」
じいじの〝封毒の黒槍〟は遅効性の能力であった。
毒が回るまでに時間がかかるが、魔力源にまで作用する。
一方で、効果時間が有限である制約もある。
しかし、効果が発動している間は、
「なぁ、身体も硬直するし、魔力も使えないだろう?」
「っっっ」
ドッペルゲンガーは歯ぎしりする。
その間に、じいじはドッペルゲンガーへとゆらりと接近する。
拳には今にも炸裂しそうな稲妻が帯電している。
「この技はな、威力は高いがいかんせん予備動作がでかくてな……」
「く、くそっ……、見誤ったか……、まさか老いぼれの貴様の方が強いとは……。こいつが……こいつが弱いせいで……」
「あほか」
「な!?」
「本人はもっと強いわ。洞察力が段違い」
「っっ……!?」
「それじゃあな……。偽物とはいえ、多少、懐かしくはあった。雷術……〝雷衝〟」
雷の掌底がドッペルゲンガーの身体を貫く。
◆
「ヴィリーは……逝ったか……」
グリム・アスシュナーベルを前に、じいじは呟く。
「それにしてもヨハンくん、リーゼちゃん、よくこの状況を持ちこたえてくれたな……」
「……はい」
ヨハンが応える。
「しかし、俺が来たことで状況がいくらかマシになったかもしれぬが、耐える時間が続くことに変化はない」
ヨハンにはじいじのその言葉の意味が理解できた。
じいじは日本の可能な限り優秀な破魔師に応援要請を出したと言っていた。
「じいじさん……、じいじさんの見積もりでは、あとどれくらいで救援が?」
「……早くて30分」
「……30分」
ヨハンは息を呑む。
30分という時間はとてつもなく長く感じられたのだ。
「君達はひどく消耗しているようだね、なるべく俺がグリム・アスシュナーベルの注意を引き付ける。君達もどうにかして生き残れ……!」
じいじはそう言うと、グリム・アスシュナーベルに向かって駆け出す。
「……すみません……、お願いします、じいじさん……」
それからじいじはグリム・アスシュナーベルの猛攻を避け続けた。
危険な瞬間もあったが、それでも大きなダメージなく避け続けたのだ。
無駄口を叩くこともなく、いや、叩く余裕すらなく回避行動を続けていたじいじが久しぶりにぽつりとつぶやく。
「……そろそろかな」
「っ……!」
その言葉に、ヨハンは反射的に時間を確認する。
ついに30分が経過したのかと思ったのだ。
「えっっっ」
だが、何度確認しても先ほどから10分しか経っていなかったのだ。
「う、嘘だろ……。10分しか経っていない……?」
ヨハンは自身の目を疑う。
グリム・アスシュナーベルの猛攻を耐え凌ぐということは、ヨハンらにとってあまりにも長く感じられていた。
「ん……?」
しかし、ヨハンは思う。
であれば、じいじの言った「そろそろ」とは何を指しているのか。
そう思考した時のことであった。
「ギィィィィィィイ……」
突如、グリム・アスシュナーベルが悶え苦しみ始めたのである。
「……ふう、効いているようでよかった」
その様子を見てか、じいじが一息つく。
じいじはここへ来た時に、グリム・アスシュナーベルに一撃を入れていたのである。




