95.怪鳥
「う、嘘……でしょ……」
リーゼは震える声で呟く。
目の前に現れた怪鳥は、いともたやすく堅牢な巨人を真っ二つにした。
地に落ちた巨人の身体は砂のように消えていく。
それと反比例するように怪鳥の姿が鮮明になっていく。
その体躯は、先ほどの巨人ほどではないにせよ大きかった。
放つ威圧感と禍々しさは、ヨハンとリーゼがこれまで対峙したどのガイストとも比較にならなかった。
漆黒の羽は艶がなく、まるで病に侵されたように所々が抜け落ちている。
そして何より異様なのは、その頭部。
鳥の頭蓋骨を思わせる白い仮面のような顔に、長く湾曲した嘴が突き出ている。
それはまるで病気を思わせるマスクのようで不気味である。
虚ろな眼窩の奥で、赤黒い光が病の熱のように揺らめいている。
その体からは、死と腐敗の臭いが混じったような瘴気が立ち上り、周囲の空気を淀ませていた。
「グリム・アスシュナーベル……」
その姿を視認したヨハンの額から汗が滲み出る。
「ヨハン……あいつが出てきたってことは……」
「あぁ……」
「……っ……」
封魔術には問題点がある。
それは術者が亡くなると、その術が解かれること。
グリム・アスシュナーベルの封が解けたということ。
それは即ち、術者であるヨハン、リーゼの祖父、ヴィルヘルム・ヴィンターシュタインが遠く離れた地ドイツで亡くなったことを示していた。
「おじいちゃん……」
リーゼは悲しげな声を漏らす。
だが、
「リーゼ……、はっきりと言う。今はじいさんのことは忘れろ」
「……! う、うん」
ヨハンの言葉にリーゼは前を向く。
……が、向いた先にあるのは、その視線をすぐに逸らしたくなる程の絶望である。
「キィィィィィィ……」
グリム・アスシュナーベルが甲高い音を発する。
それはまるで、断末魔の叫びを集めて凝縮したかのような不快な音色だった。
「来る……。リーゼ、とにかく距離を取って……!」
ヨハンは残された僅かな魔力をかき集め、霊晶砲を放つ。
しかし、青白い弾丸は怪鳥に届く前に、その身から立ち上る瘴気に触れて霧散してしまった。
「なっ……!?」
「ラァアアア!」
リーゼは即座にローレライの歌声を響かせる。
清浄な魔力の波紋が瘴気を打ち払おうとするが、グリム・アスシュナーベルは意にも介さない。
それどころか、瘴気はより一層濃くなり、リーゼの歌声そのものを侵食していく。
「きゃっ……あぁあああ……!」
リーゼの喉が焼けるように痛み、歌声が途切れる。
次の瞬間、グリム・アスシュナーベルの姿がブレた。
凄まじい速度で飛翔し、二人の頭上を取る。
「上だ!」
見上げた二人に対し、怪鳥は巨大な翼を一度だけ羽ばたかせた。
すると、抜け落ちた漆黒の羽根が、無数の矢となって降り注ぐ。
「くっ……!」
ヨハンはリーゼを突き飛ばし、自らは地面を転がって回避する。
羽根が突き刺さった地面は、瞬く間に黒く変色し、腐敗していった。
「キィィ……キィィキッキ」
グリム・アスシュナーベルは、まるで楽しんでいるかのような奇妙な音を発っしながら、ゆっくりと降下してくる。その嘴が開き、中から黒い霧のようなものが吐き出された。
「リーゼ、まずい……!」
ヨハンは直感的に危険を察知し、リーゼの手を引いて後方へ跳ぶ。
霧が通り過ぎた場所の木々や岩が、まるで数百年もの時が経過したかのように、一瞬で朽ちて崩れ落ちた。
「はぁ……はぁ……」
絶望的な状況に、リーゼは膝が震える。
ヨハンもまた、魔力切れと疲労、そして瘴気による消耗で、立っているのがやっとだった。
グリム・アスシュナーベルは、そんな二人を嘲笑うかのように、ゆっくりと歩み寄ってくる。
その眼窩の奥の赤い光が、まるで死の宣告のように、二人を捉えていた。
その時であった。
一本の雷がグリム・アスシュナーベルの身体に触れた。
「ギィ……?」
グリム・アスシュナーベルは不思議そうにそちらに視線を向ける。




