09.個別指導
「ほ、本当に頭を上げてよろしいのでしょうか?」
「よろしいです。よろしい以外ないです」
「…………承知いたしました」
ゆっくりと頭を上げた鏡美は「信じられない」とでも言いたげな顔をしていた。
(え……? なんでこの先生、突然、子供相手に土下座したうえにそれを止めてと言っただけで、こんな衝撃を受けたような顔してるの……? ちょっと怖い……)
界は少し怯える。
と、
「えーと、それでは、界様……どうぞお楽しみください」
鏡美はそんなことを言いながら、両腕で自分の身体を抱きしめるようなポーズで停止する。
(は……?)
「え、えーと……鏡美先生……? どうぞとは一体どういうことでしょう……?」
「あ、はい……私はサンドバッグでございます」
「サンドバッグ……?」
「はい、サンドバッグとは、叩いたり蹴ったり、主に打撃の練習ができる物体でございます」
「あ、はい……それは知ってますが……」
「た、大変、失礼いたしました! それではどうぞ気の向くままに……」
(え、まじで何言ってんの? この人……)
界は怪訝な視線を向ける。
その視線を察知した鏡美は焦ったような表情を見せる。
「も、申し訳ございません……! 直立型のサンドバッグはお気に召されなかったでしょうか? それでは吊るすタイプに……」
鏡美はそんなことを言いながらアタッシュケースの中から何やら小道具を取り出そうとする。
「い、いや、そういうことじゃなくてですね。普通に破魔師になるための基礎的なことを教えてほしいのですが……」
「は、はい……? ど、どういうことでしょう……? あ! 申し訳ありません! 下賤の身の分際で質問など……不徳の致すところでございます」
(どうも嚙み合っていない感じがする……)
「いや、鏡美先生、不明点があれば、質問していただければと思います」
「え? あ、はい……そ、それでは畏れながら質問させていただきます。界様のおっしゃる〝破魔師になるための基礎的なこと〟とは、例えば、魔力発現の方法、破魔師の三原則〝心技体〟に関することでしょうか?」
(破魔師の三原則〝心技体〟……? すごく基礎的な響きがします。きっと……)
「それです」
「さ、左様でございますか……となりますと、正に〝破魔師になるための基礎的なこと〟を学ぶことになりますが、本当によろしいのでしょうか?」
「あい、よろしくお願いします」
界は頭を下げる。
「っ…………、こ、この子……ほ、本当に悪憑の子?」
鏡美がぼそりと何か呟く。
「……ん?」
「あ、いえいえ、何でもございません。えーと、それでは、まず魔力発現の方法についてですが……」
「あ、実はそれだけは知ってるんです。だから、できれば破魔師の三原則〝心技体〟というものから教えていただけないでしょうか」
「あ、はい、確かにそうですよね。魔力発現については生まれた時からできてますものね……失礼いたしました」
(……? 何で鏡美先生、俺が生まれた時から、ドウマに対抗するために、魔力発現してたこと知ってるんだろ……)
「それでは、破魔師の三原則〝心技体〟について説明いたします」
(おぉ、やっとこれまで封印されていた破魔師について学べる……!)
「破魔師の三原則〝心技体〟なのですが、基本的に学ぶ順番は逆順で、体→技→心となります。そもそも技と心は魔力発現してからのお話なので、普通は界様くらいの年齢では実践したくともできないことなのです」
「なるほどです」
「界様におかれましても現在、発現できている魔力はドウマ様に依存するものかと存じますので、状況的には同様になるかと思います」
(ん……?)
鏡美のその発言について、界は少し疑問があったが、一旦、話の腰を折らないように、聞き続ける。
「それで、〝体〟についてです。体はそのままで体術の意となります」
「あい」
「魔力での戦闘が主な破魔師においても基本的な体術は学んでおいて損はありません」
(……確かに)
界は、前世で死んだときも知識的な準備はしていたが、体力の無さが仇になったことをふと思い出す。
「ですから、まずは体術から学んでいくのが基本的な順序になってございます」
「なるほどです、ありがとうございます」
「っ!?」
当然、鏡美は絶句する。
「……? ど、どうかしましたか……?」
「い、いえ……なんでもございません」
「……? 鏡美先生、差し支えなければ、技、心について、知識だけでも教えていただけないでしょうか?」
「さ、差支えなんて、とんでもございません! 承知いたしました!」
(……なんだか大袈裟だな)
界は苦笑いする。




