89.ミンネゼンガー
「俺は確かに衰えた……。だが、弱くなったとは言っていない。見せてやるよ……。お前の知らない20年って奴をよ……」
ドッペルゲンガーを前にして、じいじはゆっくりと重心を下げる。
すると、じいじの手中に長物の武器が現れる。
槍だ。
その槍は黒緑に光る細長い穂先を持っていた。
黒い柄に布が巻かれ、藍色の紐飾りが揺れていた。
「らっ!!」
じいじはドッペルゲンガーに向かって突進し、深くテイクバックした槍を突き出す。
ガキンという金属音が鳴り響く。
ドッペルゲンガーの守護霊体の鎧騎士が立ち塞がり、ドッペルゲンガーへの直接攻撃を妨げたからだ。
突きを防がれたじいじは一度、後退する。
と、
「くっくっくっ……」
ドッペルゲンガーは薄ら笑いを浮かべる。
じいじの突きは鎧騎士の脇腹を掠めた。
しかし、鎧騎士は先ほどと同じように、瞬く間に損傷を修復していく。
「『お前の知らない20年』なんてたいそうなこと言うからよぉ、ついつい身構えたが、ふたを開ければ、ただの魄術じゃねえか」
「っ……」
「おいおい、元よぉ……、20年の間にボケちまったのか? お前はもう20年前には、すでにその『槍』の魄術を使ってたじゃねえか……。なんなら身体能力の衰えがもろに影響してるじゃねえの」
「……そ、そうだったかのう?」
「……はぁ、悲しいぜ、元……。ここまで衰えたか……。そろそろこちらからも攻めさせてもらう」
ドッペルゲンガーがそう告げた瞬間、鎧騎士が猛然とじいじに突進し、一気に距離を詰める。
「きやがったか……」
じいじは顔をしかめる。
その間にも鎧の騎士は右の拳を叩きつける。
「っ……、あっぶね……」
じいじは雷術の肉体強化でなんとかそれを避けた。
しかし、先ほどまでじいじがいたその地面は激しく損傷していた。
もしもじいじがその場所にまだいたのなら、この戦いに決着がついていたと想像できる程に。
「『鉄拳の騎士』よ……そこの老いぼれを粉々に破壊しろ」
ドッペルゲンガーの命令に従い、騎士はすくっと立ち上がり、不気味に佇みながらじいじを見据える。
◇
「ギァアアアアア!!」
巨大なウサギの姿をしたガイストが奇声をあげる。
それは断末魔……というわけではなく、奇声をあげながらヨハンに襲い掛かっていたのだ。
「くっ……」
モフモフした丸っこいフォルムに対し、凶暴な牙を持つウサギは連続的にヨハンにかじりつこうとする。
それを何とか回避しながらヨハンは嘆くように呟く。
「っ……、ハーゼルめ……。キラーラビットの異名を持つだけはあるな……」
ハーゼル、それは8体のうちの5体目のガイストであった。
「霊晶砲!」
ヨハンの持つ拳銃から青白く煌めく弾丸がハーゼルに向かって射出される。
だが、その弾丸がハーゼルの身体に届くことはなかった。
ハーゼルは前足から伸びる巨大な爪で、弾丸を叩き落としたのだ。
「ヨハン……」
傍らで見つめるリーゼは心配そうに兄の名を呼ぶ。
「くっ……、そろそろ|エーテルクリスタルクーゲル《霊素結晶弾》だけじゃ厳しいか……」
ヨハンは徐々に強力となっていくガイストと戦い続けるべく、可能な限り魔力を温存していた。
日本式における妖術に当たる|エーテルクリスタルクーゲル《霊素結晶弾》だけで、4体のガイストを退けた。
それは、ひとえにヨハンの才能と努力の賜物であった。
だが、ヨハンの実力はむしろここからである。
ヨハンの切札。それは、守護霊体だ。
「いくよ……」
ヨハンが静かにそう呟くと、魔力の発現量を増やす。
すると、ヨハンの魔力は瞬く間に騎士のような姿に変質していく。
現れた騎士は目の前の巨大ウサギであるハーゼルを見据えると……、
「私は燃ゆる流れ星。愛を叫び、地に堕ちる。その衝撃は大地に花畑を咲かせるだろう……」
ポエムを呟く。
「ギャ……?」
突如現れたポエマーにハーゼルは理解できるはずもなく、呆然としていた。
その時であった。
「グギャァアアアアア!!」
ハーゼルは圧し潰されてた。
頭上から突如、流星のごとく、騎士が降り注いだのだ。
「んん~~、起句としては悪くないねぇ……」
騎士はご満悦である。
「出た……。ヨハンの喋る守護霊体……、愛の詩の騎士……」




