74.ごぶさた
訓練を開始し一週間が過ぎたある日のこと。
朝食を食べているときに、母の電話が鳴る。
「あ、お義父さん、どうなさいました?」
(じいじからだな……)
じいじは無暗に家(父と母が暮らす家)には入ってこなかった。
一定の距離を保つことで、母に気を使っているのだと界にはわかっていた。
「え……? 霊魔が?」
母が電話越しのじいじに聞き返すように言う。
(……霊魔?)
「はい……はい……わかりました」
そうして、母は電話を切る。
「どうしました? おばさま」
すると、ヨハンが尋ねる。
ヨハンとリーゼは母のことをおばさまと呼んでいた。
ヨハンは最初、真弓さんと呼ぼうとしたが、母が「おばさんの方がいい」と希望し、結局、おばさまに落ち着いたのである。
「あ、えーとね、下級の霊魔が出たみたいだから、今日はそっちで実戦訓練をするみたいよ。みんな、少し急げるかしら?」
「もちろんです!」
ヨハンだけでなく、皆が立ち上がる。
界も……リーゼもだ。
身支度をして、家を出ると、じいじが待ち構えていた。
「それじゃあ急ぐぞよ」
時間が早かったこともあり、鏡美先生はまだ来ていなかった。
そうして、じいじ、ヨハン、リーゼ、界の四人は車に乗り込み、現場へと向かう。
「ふむ、ここじゃ」
駐車場に車を止め、急いで、現場へ向かう。
そこは日本庭園のような場所であった。
しばらく行くと、破魔師達が集まっているのが目に入ってきた。
界は、奈良の時のような状況……すなわち破魔師達が霊魔の退治に苦労しているのを救援に駆け付けたのかと思っていた。しかし、今回は少し状況は違うようであった。
(あ、これって封絶術かな……?)
糸のようなもので、半拘束された霊魔が5~6体、少々、苦しそうに破魔師達を威嚇していた。
くまじいじが得意とする封絶術。
それは封綾と呼ばれる糸状の魔力で、霊魔を拘束し、弱体化させるというものである。
要するに、破魔師達は、苦労しているというよりは、霊魔を弱らせた状態で、界達が来るのを待っていてくれていたような状況に見えた。
と、
「おぉ、白神様……いらっしゃいましたか」
破魔師の一人がじいじに気が付く。
白髪の物腰の柔らかそうな男性だ。年齢は父と同じくらいであろうか。
(あれ……? この人、どこかで……)
界は、その男性のことをなんとなく知っているような気がした。
しかし、自力では、どうにも思い出せなかった。が、
「すまぬのぉ、銀山くん、無理を言って」
「いえいえ」
(え……? 銀山? あ……! この人、銀山さんか……!)
それは、界が生まれた直後に、父と赤池が一触即発になりそうになった時に、仲裁してくれた人物、七大名家の一つ、銀山家の当主、その人であった。
(え……? ってことは…………)
「界くん……!」
(……!)
透き通った可愛らしい声が界の耳に入ってくる。
綺麗な肩くらいまでの黒髪の小学生くらいの女の子であった。
極めて容姿の整ったその少女は、破魔師の巫女服がよく似合っていた。
そんな少女が、わたわたと慌てた様子で、界の方に走ってくる。
「あ、雨さん……!」
それは、寂護院で、界と一緒に過ごした少女。
雪女の元依代の子である銀山雨であった。
(雨さん……なんか久しぶりな気がするなぁ。最後に会ってからちょうど一年くらいかな……。あの時、七歳で小二って言ってたから、今は八歳で小学三年生かな?)
界は四月生まれ、雨は三月生まれであり、年齢は二つ違いだが、学年でいうと三つ違う。
「……」
(……なんかたった一年でまた随分と大人びたというか……子供の成長って早え……)
などと、思っている界に、
「界くん、お久しぶりです。ずっと……ずっと会いたかったです」
雨は界の手を取り、そんなことを言う。
(大袈裟だな……、雨さんは……。ってか、終盤の敬語モード、まだ抜けてないし……)
界は苦笑いする。
と、
「Was ist das?(それはなんですか?)」
なぜかリーゼがいつもより低い声でドイツ語で、問い合わせする。




