73.得手不得手
ジャー…………キー……パタン……。
「…………」
(…………)
トイレから出たリーゼは無言で俯きながら、小刻みにプルプルと震えている。
(……これは一人にしてあげた方がいいのかな? でも、一人にするとやっぱり怖かったりするのかな……。うーん……)
「あ、それじゃあ、リーゼちゃん、おやす……」
「あ、あぁ……ちょっと待って……!」
(……?)
「そ、その…………ありがと……」
リーゼは恥ずかしそうに目線を逸らしながら言う。
「あ、うん……」
「あの……これ……本当にいらないの?」
リーゼはふたたび10ユーロ札をさっと出す。
(はは……、お金で解決しようとするあたり、やっぱりお嬢様なのかな……。ん……? でも2016年辺りってユーロ安だったりするのか? そうなると将来的には……。いやいや、いかん! そういうのはいかんぞ! 破魔師として……!)
界は邪念を振り払う。
「リーゼさん、それはいらないよ」
「そ、そう……」
界の対応にリーゼは不思議そうな顔をしている。
「…………ごめんなさいね…………ちょっと怖い夢を見ちゃって……」
「え……?」
「でも……その……ヨハンには頼りたくなくって……」
「……」
「あ、その、別にヨハンが嫌いってわけじゃないの! でも……」
「なんとなく……わかるよ」
「え……?」
「……僕も最初、ドウマに頼りたくなかったし……」
「……! ……ドウマ様に?」
(あ、やべ……!)
【なぜそこで儂様が出てくる……。なんだ、田介、お前、ひょっとして儂様のこと好きすぎか?】
ドウマが冷やかすように言ってくる。
(「うるせぇ! そうだよ! 悪いか!」)
【へぇあ……?】
「あー、えーと、そのぉ……、リーゼちゃん、お部屋まで連れて行こうか?」
「あ、ありがとう……。でも大丈夫。怖いのはトイレだけだから……」
「そっか……。じゃあ、お部屋までは送るね」
「っ……! ……界さん、話聞いてました?」
「あー、うーん、……これがジャパニーズお節介ってやつかな?」
「…………日本人って不思議な民族」
「そうなのかな」
界は苦笑いしつつ、リーゼをお部屋まで送るのであった。
【…………~~~~っ】
(……ん?)
◇
翌日――。
リーゼは訓練所に現れた。
じいじはめちゃくちゃ謝っていた。
謝り方で逆にリーゼを傷つけないか界は少しヒヤヒヤしたが、なんとか大丈夫だった。
恐怖緩和のためのトイレへの同行以来、リーゼの界に対する態度は少しだけ軟化し、すれ違う時に「おはよー」とか挨拶くらいはしてくれるようになった。
ただ、少し冷たい感じは、相変わらずであり、界も無理にその距離を詰めようとはしなかった。
それから、しばらく技術の交流の訓練が続き……、
一週間後――。
「沈めし印よ、今、ほどけよ。
縛りし手を引き、静かに門を開かん。
我が意思は干渉にあらず!」
(お、おぉ……!)
「で、出た……!」
日本式封魔術における解呪によって、札から霊魔が現れる。
成功させたのは、リーゼであった。
「おぉ、すごいぞ、リーゼちゃん、やったじゃないか!」
じいじがリーゼを称賛する。
「はい、白神のおじい様、私、やりました!」
一週間前、やらかしたじいじであったが、今では、リーゼはすっかりじいじになついていた。
「リーゼはひょっとすると、日本式の方があっているのかもなぁ……」
ヨハンがそんなことを呟く。
(……きっちりと体系化されたものを正確に行うドイツ式よりも、若干、ノリと勢いでなんとかする日本式の方が合ってるってことかな。そんなこともあるんだねぇ……)
一方、界は……、
「Ziehe den、カイル……des ヴィッレ……ン? ゲヴェー……レ、dir……ゼルプス……トベ……ボス……シュ……」
「う、うん……、か、確実に上達はしているぞ……、界くん」
(…………ヨハンさんが、めっちゃ気遣ってくれているのを感じる……。頑張らなきゃ……)
なかなかドイツ語に苦戦しながらも、ひたむきに取り組んでいた。
「…………」
そんな界の姿をリーゼは時折、不思議そうに眺めていた。




