07.魔力量測定
無事、母の第二子ご懐妊である。
なお、依代の子の母親の次の子ご懐妊など前代未聞であった。
なにしろ依代の子の母親は子を産み落としたと同時に亡くなってしまうから。
幸いにして、第二子ご懐妊の際には、母に〝霊紋〟は現れなかった。
霊紋とは、子が依代の子である時に腹部に発生する紋様である。
かつて破魔師達が編み出した災厄の軽減のための方法〝悪霊降霊の儀〟。
それにより破魔師の家系に時折、発生するのが依代の子である。
懐妊時に、この霊紋が発生してしまった場合、依代の子を産む運命からは逃れることができないのだ。
それとは無関係であるが、母は第二子妊娠後、体調が芳しくなかった。
というわけで、母は現在、安静のため、病院に入院していた。
そんなこともあった4歳の界であったが、今日は珍しく家に訪問者が来ていた。
目的は、界の健康診断であった。
普通の子は地域のコミュニティセンターなどへ自ら赴くのだが、界には特別な事情がある。
そのため医師が家まで来てくれるというわけだ。
「あー、えーと、界さま……もしもしの方、させていただいてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい」
「そ、それでは誠に恐れ入りますが、失礼いたしますね」
医師の男はびくびくした様子で界の胸に聴診器を当てる。
医師は、4歳である界に対して、なぜか滅茶苦茶へりくだった対応をしていた。
諸々の検査を終え、異常なし。
最後に前世では聞きなれなかった検査を行うことになった。
「それでは、魔力量測定を行います」
(「……魔力量測定?」)
【小僧、明らかに子供離れした魂の割に、この世界のこと本当に知らないんだな】
頭の中で、ドウマが呆れるように言う。
(「……悪かったな」)
【だいたいこれくらいの年齢になったら魔力を測るのは儂様の時代から変わっていない……】
(「へぇ~、でも魔力発現って普通は幼少期にはできないんだろ? ずっと前に動画で見た天才4歳児がすごいと持て囃されてたはずだし。そう考えると今、測っても意味ないのでは?」)
【阿保……魔力を使えることと、魔力の器の大きさは別物だ】
(「ふーん……」)
【三つ子の魂百まで……という言葉を聞いたことがないか?】
(「ありますな……」)
【だったらわかるだろう? 阿呆が……!】
(「すみません……」)
【要するに、魔力の器の大きさってのは、おおむね三歳までに決まっちまうんだよ】
(え……? まじか……!? なんてこった……! だったら、ちゃんと鍛錬したかった……! ドウマの乗っ取りチャレンジのせいで大切な時期を無駄にしちまったじゃないか……終わった……)
「それではこちらを……」
界が意気消沈していたが、その間に医師が水の入ったコップのようなものを差し出す。
(あ……これは……知ってるぞ。前世の漫画で見た奴だ。これに魔力を込めればいいんだろ?)
界はコップを包み込むように手を差し出す。
「「「…………」」」
沈黙が流れる。
「界、何やってるの?」
父が尋ねる。
「え……?」
「飲むんだよ?」
(あ、はい……)
それからしばらくして、採尿をし、再度、医師にそれを渡す。
【お前、何をそんなに気落ちしているのだ?】
(「いや、だってこれ、尿検査じゃん……」)
【はぁ……】
(「魔力量測定が尿検査って……普通さ……こう、もうちょいかっこいいのあるでしょ……」)
その間に、医師は黙々と試験薬のようなものに界の尿を一滴投入した。
すると、試験薬は無色透明のままである。
「こ、これは……!?」
父が医師に尋ねる。
「……白神さま、ご存じかと思いますが、魔力が一定以上ある場合、試験薬には色がつきます。魔力量が少ない順に紫、青、水色、緑、黄、橙、赤へと変化していきます。まぁ、しかし、赤などは1000万人に一人と言われており、まぁ、ほぼあり得ませんがね……」
そう言いながら、医師は魔力量測定の判定とその確率をまとめた表を見せてくれる。
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【魔力量測定の判定とその確率】
赤……レベル7 約0.00001%
橙……レベル6 約0.001%
黄……レベル5 約0.1%
緑……レベル4 約2%
水……レベル3 約10%
青……レベル2 約30%
紫……レベル1 約40%
その他……約10%
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だが、界の試験薬は無色透明であった。
「つまり……界は……」
「測定不可……です」
それはつまり、魔力量〝ごく僅か〟をマイルドにした言い方であった。
健康診断を終えた医師が帰っていった。
見送りをした父は玄関前で立ち尽くす。
(……父ちゃん、ショックだったのだろうか……。いやまぁ、俺も結構、ショックだけども……)
界は魔力量測定の結果、〝測定不能〟とされてしまったのだ。
父は震えていた。
「……だ、大丈夫? 父ちゃん……」
「…………なんということだ」
父は頭を抱える。
(……父ちゃん……頭抱えるほどショックだったのか……)
界はいたたまれない気持ちになる。
だが、
「いやしかし、子供に対して過度な期待をするのは……いや、だが……可能性としてはむしろそっちの方が高いとすら感じる。その可能性をないと決めつけてしまっては、それこそ子供の可能性を潰してしまうことに……」
父は何かぶつぶつと言っている。
【ほーん、小僧の父の目は節穴ではないようだな……】
ドウマも何か言っている。
(「え……? どういう……?」)
その時、父は意を決したような表情で、界に尋ねる。
「界…………〝破魔師〟になりたいか?」
「へぇ……?」




