60.熊燐投入
(……父ちゃんが熊燐を封印していた理由は謎だけど、今はそれどころじゃない……)
「ジャァアアアアア!」
最後の一体となってもなお、蛇の霊魔は戦意を喪失してはいない。
状況として、界が魄術で張った透明な壁は健在。
界と蛇の一対一の局面である。
早々に、蛇二体を討伐したじいじとくまじいじは、険しい表情で界の様子を見つめている。
(……さてと。妖術はNG。実戦訓練の意味合いが強いから、可能な限り封魔術を使う。となれば……一度、してみたかったことをやってみるか……)
界は札を取り出し、左手の人差し指と中指で挟むように持ち、一呼吸する。
そして……、
「封ぜし鎖、今解かれたり。
汝が意、汝が在り処へと。
望むなら共に歩まん、我が覇道へと!」
札は強い光を放ち、
「うにょ!」
内部から、意気揚々と熊燐が現れた。
「ジャァアアアアア!」
突如、現れた熊燐に対して、蛇の霊魔は威嚇する。
「うにょっ!?」
その威嚇に、熊燐は驚いたのか一瞬、怯んだような仕草を見せる。
だが、
「うにょぉおおおお!」
(……!)
熊燐は蛇に対して、威嚇し返す。
「じいじ、聞きたいんだけど、霊魔同士が争うことってあるの?」
「なくはない。だが、大抵は上位の霊魔が絡んでいることが多い。こやつらのレベルでは珍しいことだ」
「そうなんだね、ありがとう……」
と言った時であった。
「うにょぉおおおお!」
熊燐が蛇に向かって走り出した。
「……熊燐!?」
熊燐は前足で蛇を抑え込み、かじりつく。
「ジャァアアアアアア!」
蛇は身をよじり、悶絶する。
(これはもう間違いない。熊燐が霊魔と戦ってくれている……! まだ俺のためかはわからないけど……、それでも戦ってくれているのは確かだ……)
界は小さくはない感動を覚える。
「っ……!」
だが、その時であった。
界は違和感を感じる。
「熊燐……! 引くんだ!」
「うにょ!? うにょにょ……」
熊燐は少々、腑に落ちない様子ながら、蛇から離れ、界の元に戻ってくる。
(指示も聞いてくれる……!)
「熊燐、いい子だ……」
界は熊燐のみけんをひと撫でする。
「うにょにょ~♪」
熊燐は嬉しそうだ。
(だけど、今はそれどころじゃない……)
「ジャジャジャジャァアアア!!」
界が違和感を覚えた対象である蛇の霊魔がより強い咆哮をあげる。
(……一瞬、強いプレッシャーを感じたんだ)
すると、突然、
蛇は光を放ち始める。
「な、なにこれ……? じいじ、わかる?」
「……霊魔の変態じゃ……」
(霊魔の……変態?)
界は異常者の方をイメージしてしまうが、変態とは本来、形や状態を変えることを指す。
例えば、イモ虫が蛹になり蝶になったり、オタマジャクシがカエルへ変化していったりすることである。
蛇から手足が生え、更には角が生えてくる。
その姿はまるで……、
(りゅ、龍……!?)
その瞬間、明らかに魔力の気配が上昇する。
「こやつ……、龍であったのか……!? 界、注意しろ! 明らかにクラス2を超えているぞ!」
じいじはそう言って、界に注意を促す。
その一方で、界に訓練を中止させ、自分が対処する姿勢は見せない。
あくまでも訓練は継続する意向のようだ。
「…………熊燐、手伝ってくれてありがとうね。でも、相手が悪そうだ。ここは僕が……」
と、界が言いかけた時、
「うにょにょ」
熊燐が手の平を前に出し、首を横に振る。
(え……?)
それはまるで、界の出る幕はありませんよ、とでも言うように。
「熊燐、自分がやるってこと?」
「うにょ!」
界が尋ねると、熊燐は首を縦に振る。
(……!)
界はいくつかのことに驚く。
まずは普通にコミュニケーションができていること。
界と熊燐は会話こそできないながら、お互いの意思疎通が明らかにできていた。
霊魔としての熊燐は、ウボォオとか鳴きながら突進してくるだけの奴であったのだが……。
そして、熊燐は明らかに界のために戦おうとしている。
しかし、
(熊燐……、本当に戦えるのか?)
霊魔としての熊燐は、低級霊魔。
クラス1、あるいは高くてもクラス2程度であった。
そんな熊燐が、目の前の龍と戦えるのか、界は少し不安であった。
だが、次の瞬間、
「うにょにょにょーーーー!」
(ふぇっ!?)
突如、熊燐が咆哮する。
その瞬間、熊燐の魔力の気配も上昇する。
(ま、まさか…………熊燐……お前も変態するんか!?)
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