22.響術【一部、栗田視点】
寂護院、夕方の自由時間――。
界と雨、そして栗田は静寂の間にいた。
「それじゃあ、界くん、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
と、雨はぺこりと頭を下げる。
「……」
(あ、やっぱり聞き間違いじゃなかったんだ……)
雨は「私に修行をつけて」と言っていたのだ。
「あ、えーと……雨さん……当然だけど、僕に指導なんてできないんだけど……」
「…………そ、そうよね。そ、それじゃあ、せめてもう一度、さっきの妖術を見せてほしい」
「えっ……」
(さっきの妖術というと…………また、ドウマに魔力借りるってことか……)
界はそう何度もドウマに頼むのは気が引けた。
とはいえ、さっきできたことをできないということも気が引けた。
(「ドウマ、相談なんだけど……」)
【なんだ……】
(「また魔力を貸してほしい。ただ、毎度、ドウマにやらせるのも悪いから、俺がその魔力を制御するから」)
【ふむ……別に儂様は魔力を使えることは嫌ではないのだが……。まぁ、田介がそうしたいなら、やってみればいいのではないか?】
(「あ、ありがとう……」)
(ってか、田介って呼び方、固定なんだ……。でも……)
界は少しだけ微笑んでしまう。
【ぬ? どうしたのだ?】
(「いや、なんでもー」)
今まで、ドウマは誰かを固有名詞で呼ぶことはしなかった。
誰かを呼ぶときは小僧とか小娘とか奴とか、代名詞的な呼び方しかしなかった。
それが、少し変な呼び方でも、自分だけの呼び名で呼んでくれることが、界は少し嬉しかった。
「えーと……界くん……?」
傍から見るとしばらくぼーっとしてニヤついていた界に、雨が少し心配そうに声を掛ける。
「あ、ごめんなさい……、それじゃあ、やってみますね」
界はそう言うと、ドウマ魔力水の蛇口を僅かに開放する。
(…………きた)
ドウマの闇の魔力が界の全身を駆け巡る感覚があった。
(「ドウマ……それじゃあ、使わせてもらうよ……」)
【あぁ……】
「それじゃあ、いきますね」
界がそう言うと、雨と横で見ていた栗田は期待感からか目を輝かせる。
「…………炎術〝蛍火〟」
界の手の平から、ほんのりと青い炎が発生する。
「「っっ……!!」」
それを見た雨と栗田は驚く。
「「…………」」
若干、気まずい感じに。
頭の中で「あ、あれ?」と言ってそうな感じに。
(……)
界にもその理由はわかる。
先ほどの魔力制御の訓練で見せた蛍火とは似ても似つかない程、平凡な……普通の蛍火であったからだ。
「あ、えーと……界くん……、本気出してくれても……」
「……本気です」
「……そ、そう」
ちょっと落ち込みつつも「自分はまだこんなものだ」と再認識し、界は現状を分析する。
(ドウマの蛍火はすごかった。語彙力が足りんくてうまく表現できないけど、一本芯の通ったような揺らぐことのない闇の炎だった。それと雨さんの水術〝水環〟もドウマほどではないにせよ、俺の蛍火よりは遥かにすごかった。確か雨さんは水環を凍結させて……)
「……あ、あれ……?」
「ん……? どうかした? 界くん」
「あ、あの……雨さん、ちょっと質問したいのですがいいですか……?」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。それで、えーと、雨さんの水環って、どうして水術なのに凍ってたんですか?」
「……! そうね……。それは……私の魔力属性が〝氷〟だから……かな?」
「……!」
(やっぱりか……)
それは界が予想した通りの答えであった。
(雨さんの水環は水術に自分の氷属性を混ぜている。ドウマの蛍火は炎術に自分の闇属性を混ぜている)
「雨さん……妖術には自属性の魔力を混ぜることができるってことですよね?」
「え、あ……多分、そう……」
雨は「でも、界くんはさっきの魔力制御の訓練で、それをやってたよね?」と言いたげにだが、答えてくれる。
(多分そう……ってことは、雨さんも無自覚でやってるのかな……)
などと、界が思っていると、
「それを〝響術〟と呼びます」
「「……!」」
界と雨はちょっぴり驚く。
横から教えてくれたのは栗田であった。
「あ……栗田先生……」
「……! 界くん……また……先生と……!」
栗田はやや大げさにリアクションする。
(……鏡美先生といい、この世界の大人はリアクションが大きいな…………)
「界くんと雨さんの邪魔をしてしまうかもしれないと黙っておりましたが、実は私、栗田、本来は響術を専門としておりまして……」
「……! なんと……」
「本当に恐れ多いのですが、もし差支えなければ、この栗田に響術を指南させていただけないでしょうか?」
「いいんですか!? 是非、よろしくお願いします」
界は栗田に頭を下げる。
◇◇◇
あまりにも……あまりにも美しかった。
不肖、栗田は響術のエキスパートを志し、我が人生を費やし、厳しい修練に励んできた。
そうして努力で到達できる最高点と呼ばれるクラス3の破魔師となった。
だからこそ分かる。
あの闇の蛍火は響術の極致であると。
だが、
「…………炎術〝蛍火〟」
もう一度、見ることができると心躍った……その蛍火は、ごく普通の蛍火であった。
微かに闇の魔力の気配を感じるが、やはり平凡な蛍火。
響術ですらない。
「えーと、雨さんの水環って、どうして水術なのに凍ってたんですか?」
本人は素っ頓狂なことを聞いている。
どういうことだ……?
……! ひょっとして……!
いや、まさか……そんなはずは……。
だが、それ以外……考えられない。
先ほどの蛍火はドウマ様の術。
今の蛍火は界くんの術。
と、いうことは…………界くんはドウマ様を…………制御している!?
あの……鬼神ドウマ様を……? どうやって……!? そんなことが……!?
「雨さん……妖術には自属性の魔力を混ぜることができるってことですよね?」
「え、あ……多分、そう……」
……。
あぁ……、間違ってたら殺されるかもなぁ……。
だが、
……奇跡を目の前にすると、人間、こんなにも簡単に命を捧げられるものなのだな……。
「それを響術と呼びます」
この子は歴史をひっくり返すかもしれない。
このような考えは利己的であるだろうか……。
しかし……、私は、界くんの助力になったことを……将来、誇りたい。
次話、魔力まぜまぜ




