02.ここは日本?
「真弓……真弓ぃ……!」
大柄の男がその風貌に似合わず泣きじゃくりながら、今しがた子を産み落とした母に駆け寄り、その手を握る。
「あなた…………もう会えないかと思っていたわ……」
母はくたくたの身体で振り絞るように微笑む。
母に駆け寄った男は父であった。
「真弓……」
父はただ母の名を呼ぶことしかできなかった。
だが、そこへ……、
「異例中の異例ですぞ……」
「っ……!」
父の背後から、そのような声が上がる。
そう発言したのは父と同じくらいの年齢の気の強そうな男性であった。
「…………赤池殿」
父に赤池と呼ばれた男性は続ける。
「鬼神ドウマの降霊の儀で、依代の赤子の近くにいた者が誰一人欠けることなく生存するなんて……」
赤池の発言は正しかった。
これまでの史実では例外なく、必ず、犠牲者が出ていたからだ。
実際に、母、助産師、降霊の巫女はその覚悟で臨んでいた。
ゆえに赤池は続ける。
「不吉だ…………その赤子は処分するべきだ……!」
「な、何を申すか!? 赤池殿……! そんなことは許さない!」
赤池の発言に、父は立ち上がり、怒りをあらわにする。
それとほぼ同時であった。
【んだと、あの赤池とかいう野郎ぉ……この儂様を処分だと……? ぶち殺す……】
「っっっ……!」
「うわぁ……」
「来たのか!?」
赤子から禍々しいオーラが発生し、周囲の大人たちはざわつく。
(いや、だからやめろて……)
【ぬおぉぉお、だから何なのだ!? この赤子は……!? この儂様の力が抑え込まれるだとぉ……!?】
「し、鎮まった……?」
赤子から発せられたオーラがなぜか急激に収まり、大人たちは安堵のため息をつく。
そして赤池が続ける。
「私とて……私とて命懸けで発言している。もう一度進言するが、その赤子は処分するべきだ」
「だから言っているだろう? 断固として拒否する……」
父と赤池は、凄まじい形相で睨み合う。
とそこへ……、
「二人とも落ちつくのだ」
物腰の柔らかそうな男性が二人に割り込む。
「……銀山殿」
父に銀山と呼ばれた男性は、やはり父と同じくらいの年齢である。
その銀山は二人に語り掛けるように言う。
「七つ目の誕生日だ」
銀山は続ける。
「元より、七つ目の誕生日に天神様は依代より離れるはず」
実のところ、銀山の言葉の通りであった。
依代となった子が七つの誕生日を迎えたその日に、悪霊は去り、休眠状態となる。
子を依代とすることで、悪霊の呪いを最小限にとどめ、七つまで凌ぐのが、降霊の儀の通例である。
「つまるところ、通例通り、七つまでは様子を見る他ないのではなかろうか? どうです? 赤池殿」
「…………銀山殿も娘を設け、甘くなられたか……」
「……私情は慎みましょうぞ、赤池殿」
「……承知した」
赤池は納得いかない様子ではあったが、銀山の意見を呑む。
「恩に着る。銀山殿……」
「いえ、私はあくまでも客観的な意見を述べたにすぎませんよ」
父が謝意を告げるが、銀山はそっけなかった。
(うーん、なんかしゃべってるのは聞こえるけど、いかんせん目がよく視えないなぁ……)
生まれたばかりの赤子は聴力は割としっかりしているが、視力はほとんど見えない状態である。
(状況から察するに、俺は赤ちゃんになった……。ということは、にわかに信じられないのだけど、俺は生まれ変わったということなのだろうか? 聞こえてくる言葉は日本語だから、ここは日本ということであってるか? いや、しかし……それにしても……)
おおよそ認識している日本とはかけ離れていた。
(しかし、気になることがいくつか。…………母親の名前が前世と同じなんだよなぁ……)
と、続けて、気になることの一つである事象が発生する。
頭の中で、声が響くのだ。
【おい、小僧……!】
その声の正体がなんなのか。
大人たちの会話の内容から、なんとなく予想はついていたが。
【おい、腹が減ったぞ……泣け……】
(あ、まぁ、確かに……)
「おぎゃあああああ!」
【……! よ、ようやく……ようやく言うこと聞いてくれた……!】
(なんだこいつ……可愛いな……)




