19.銀山雨
結局、その後、界と雨は普通に毬蹴りをした。
雨のキックは最初の一発だけ強過ぎたけど、その後はちゃんとコントロールされた球を蹴ってくれた。
「あ、ごめん、界くん、ちょっとずれた……」
「大丈夫です。雨さん、いきまーす」
「……はい」
こんな感じで、二人は子供にしては、少し思いやりのある大人びた会話をしながら、毬蹴りの訓練は進んだ。
そうして毬蹴りの訓練は割と和やかに終了し、昼休みになった。
【なぁ、小僧介……それは……やめにしておかないか? なぁ……?】
「(ダメだ……)」
【や、やめ……】
もぐもぐもぐ。
(……うまっ)
界は昼食として出されていた肉じゃがに入っていた椎茸を咀嚼していた。
【うげぇっふ】
頭の中で、ドウマが変な音を出している。
天下のドウマ様の弱点。椎茸である。
界とドウマは基本的に五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)を共有している。
そのため、こういった事態が起きるのである。
【…………肉じゃがに椎茸は不要。できれば餃子や春巻きの類にも入れるべからず……】
それだけ言い残し、ドウマは静かになる。
と、
「お隣いい?」
(お……?)
一人で食事をしていた界の元に、おぼんを持った一人の少女が現れる。
それは雨であった。
「……どうぞ」
「ありがと……」
雨は界の隣に座り、食事を摂り始める。
「「…………」」
(…………え、えーと)
雨の方から隣りに来たのにしばらく無言で、食事を食べ続ける。
なぜか時折、周囲を警戒するように首を左右に振っている。
界は会話がないことに少し気まずくなる。
(……どうしよう。こっちから話した方がいいのかな。一応、精神年齢大人として……)
などと思っていると……、
「界くん、あなたって……」
(……!)
雨の方から口を開いてくれる。
「あなたって、本当に鬼神ドウマ様の依代の子なの?」
「……! え、あ、あい……」
界が答えると、雨はじっと界の頭を見つめる。
「……本当にドウマ様がそこにいるの?」
「あい」
【いるわ】
ドウマもぶっきらぼうに答える。
雨には聞こえないが。
「…………というか、ひょっとしてあなた自身がドウマ様なのでしょうか?」
(……! この質問は…………要するに今も俺はドウマに乗っ取られ真っ最中で、実はドウマの性格が意外といい人説を疑っているってことかな……さて、どう答えるか……)
「…………うーん、よくわかんない」
「そ、そうよね……。ごめんなさい、変な質問して……」
雨はそう言って、少し頭を下げる。
そんな様子を見て、界はふと思う。
(この雨さんは……俺がドウマの依代の子だと知ってるのに、そんなに脅えていないな……)
今まで出会った、界がドウマの依代の子であると知っている人は大抵、へりくだった態度をしていたが、雨にはそれがなかった。
(まぁ、雨さんも大人っぽく見えるけど、実際は子供だしな……。年齢、何歳くらいなんだろ……)
界は聞いてみることにした。
「雨さんはえーと、小学生ですか?」
「ええそうよ……小学二年生、七歳よ」
「そうなんだね。僕は五歳だよ」
(…………七歳か)
年齢が思ったより小さかったことと七歳という年齢が引っかかる。
「界くん、実はね……私も依代の子だったんだ……」
「……!」
(…………ひょっとしたらと思ったら、やっぱりか……)
「私はね……〝雪女アサネ〟の〝元〟依代の子」
【ほーん、アサネか……】
(「ドウマ、知ってるの?」)
【ん……? そりゃあな……。〝日本八柱の慰霊〟の一角だからな】
(日本八柱の慰霊……? 聞いたことないけど、ひょっとしてドウマもその一角なのかな? というか、ドウマは悪霊のことを〝慰霊〟って呼ぶんだな……。まぁ、そりゃ、自分で自分を悪霊とは呼ばないか……)
「…………元依代の子はね……、あっ、んーん、この話はやめておくね」
雨はなにかを言おうとして、やめる。
と、
【霊が抜けた元依代の子は一部の阿保からは〝悪抜け〟などと呼ばれる】
なぜかドウマがそんなことを語りだす。
【それまでの傍若無人な行いから、差別的な視線を向けられることも多い】
それは正に雨が言おうとして、やめた内容であった。
これから元依代の子になる幼い界に伝える内容ではないと思ったのだ。
【依代の子のおかげで慰霊の怒りを抑えられているというのに……なんとも愚かな行為だ……】
ドウマは少し物憂げに言う。
(…………それ、ほっといたら傍若無人に振る舞いそうなドウマさんが言う?)
と界は少し思うが、なんとなく事情がありそうな気配がしたので、ドウマに伝えるのはやめておいた。
(って、ちょっと待てよ。ひょっとして、依代の子って、慰霊が抜けたら、保護観察になるのかな? ん……? 待てよ……。ということは、うまいこと寂護院から出られてもしばらくしたら、またここに舞い戻ってこないといけないのか……?)
ちょっと悲しい事実に気付き、界は若干、憂鬱な気分になる。
(…………まぁ、それよりは目の前のことを考えよう)
と、
(ん……?)
また、雨が何かに怯えるように周囲をキョロキョロしている。
「……どうしたの? 雨さん」
「……! ……誰かに見られているような……あ、えーと、ごめん、気にしないで……」
(…………なんだろ? ストーカー的な?)
その日は、それ以上のことはなかった。
だが、この日から界と雨はなんとなく一緒に行動することが多くなった。
数日後――。
「それではー、今日は〝魔力制御〟の訓練を行うぞ」
柔和系教官の栗田が子供たちに号令をかける。
(……え? 魔力制御……?)
「魔力発現がまだの者は魔力発現の練習。すでにできるものは初級妖術の練習を行う」




