18.はしゃぐドウマ
「(…………あぁ、だけど殺すのはNGな……)」
【…………残念だが、わかった】
(意外とあっさり受け容れたな。だが、油断は禁物……。もしもドウマが暴走したら、その時は俺が全力で止める。生まれた時から続けてきたんだ。誰かに披露するものではないが、それだけは特技と自負できる)
「(よし、ならドウマ……出していいぞ)」
【おぉおお、久方ぶりの……久方ぶりの魔力発現だぁ……!】
ドウマは機嫌よさげである。
(これくらいが限度だな……ほんの少しだけど……)
界は僅かにドウマに魔力の開放を許す。
イメージするなら蛇口からちょろちょろと水を流す感じだ。
(これ以上、捻れば、たちまちにドウマに精神を乗っ取られちまいそうだな……)
僅かであっても、脅威を感じる程にドウマの魔力は洗練され、界は濃い密度のようなものを感じた。
と……、
再び、バシンという警策で肩を叩く、独特な破裂音が響く。
「きゃぁああ!」
銀山雨という少女が悲鳴を上げる。
「……こ、今度はなんですか?」
「また、動いていたぞ?」
「そ、そんな、私、動いてなんか……」
「ほんの少し、こーれくらい動いてた」
教官は人差し指と親指の間にわずかな空間を作るジェスチャーをする。
「っ……」
銀山雨は唇を噛みしめる。
「おい、兵藤殿……それは流石に……」
別の教官がいびり教官を窘めようとする。
だが、その時であった。
「っ……!? ひ、ひぁああああ!!」
突如、兵藤と呼ばれたいびり教官が奇妙な声をあげた。
瞑想をするため静寂の間と名付けられた部屋はにわかにざわつく。
「ど、どうした兵藤殿!?」
先ほど兵藤を窘めていた教官が焦った様子で尋ねる。
「鬼が……鬼が……! そ、そこにぃいい!?」
兵藤は尻もちをつき、恐怖の表情を浮かべながら指差しをしている。
しかし、
「お、鬼……!? 何もいないではないか?」
「い、いや……そこに鬼が……! 鬼がいるではないか……! 門から……門から鬼がぁあ……! 見えないのか!? 栗田!」
「門……? あ、あぁ……」
栗田と呼ばれた教官は不思議そうな顔をする。
しかし、兵藤には見えていた。
荘厳な門からひょっこりと顔を出す禍々しい鬼の姿が。
「はっ……!? そ、そんな馬鹿な……、ひっ、う、うわぁあああああああ!!」
兵藤は叫びながら静寂の間から駆け出していく。
「ちょ、兵藤……!? おいおい……」
栗田はあっけにとられる。そして……、
「…………審護者の皆さん……いないよな? 鬼……」
栗田は子供たちにも確認する。
子供たちは「うんうん」と頷くのであった。
……犯人の界も何食わぬ顔で「うんうん」と頷く。
脳内では、ドウマが
【うーむ……、儂様の魔力を使う相手としてはちと小物すぎたな……】
などと呟いている。
(「ドウマ、そんな器用なことできるんだな……」)
何食わぬ顔実施中の界はドウマに問いかける。
【あん……?】
(「他の人に感知されないように、特定の人に呪いをかけることだよ」)
【そうだな、簡単ではないが、儂様ほどになればそんなことは造作もない】
ドウマは鼻高々だ。
(「そうなんだね……すごいな……」)
界は素直にそう思う。
【なっ!? 儂様を褒めるとは……た、大した度胸だな……小僧介……】
ドウマは憎まれ口を叩く。
(でも、思ったよりドウマが暴れないでくれたから、悪目立ちせずにすんだなぁ……)
などと界は思っていた。
と……、
(ん……?)
「っ……!」
ふと、気づくと前に座っていた銀山雨が半身になり、こちらを見ていた。
それにこちらが気づくと、銀山雨は慌てて視線をそらすように前に向き直る。
(……)
その場は一旦、それ以上のことは起きなかった。
◇
翌日――。
「それではこれから毬蹴りを行うぞ」
ちょっとした広場に集められた子供たちに、教官の栗田がそう告げる。
「「「「わぁあああ!」」」」
毬蹴りは養育の中で、子供たちには人気らしく、ちょっとした歓声が起きる。
「うむうむ……」
教官の栗田は優しげに頷いている。
界が認識している教官は三人いる。
一人がこの栗田。
わりと物腰柔らかな人物である。
もう一人が、兵藤。
昨日、子供たちに恥ずかしい姿を見せたせいか、今日は少し静かである。
自分で言っていたが、クラス3の破魔師である。
もう一人は名前不明である。
いつも栗田と兵藤の後ろに佇んでいる。
と、栗田が続ける。
「それでは、皆さん、毬渡しの練習をします」
毬渡し。要するにパスである。
「皆さん、二人一組でペアを組んでくださいね」
(え……?)
「「「「はーい……!」」」」
続々と子供たちがペアを作り始める。
(あ……まずい……)
「えーと、残ったのは界くんと…………雨さんだね」
(……!)
「二人とも毬蹴りは初めてだと思うけど、大丈夫そうかな?」
「あ、はい……!」
界は慌てて返事をする。
雨はというと、こくりと頷いていた。
その後、界は雨の元へと行く。
「あ、あの……雨さん、よろしくお願いします」
「…………よろしく」
雨は小学生低学年くらいの少女である。
綺麗な肩くらいまでの黒髪で、小学生らしからぬ、どこか物憂げで大人びた雰囲気のある少女だ。
寂護院の制服である巫女服がよく似合っている。
加えて、一般的に見て、極めて容姿の整った少女であった。
「…………界くん」
「あ、はい……」
(名前覚えててくれてたんだ……)
「あなたって鬼神ドウマ様の依代の子なんでしょ?」
「え、あ、まぁ……そうです」
「…………そう……すごいわね」
「え……!? あ、ありがとうございます……」
「…………」
(……その、えーと、何がすごいのでしょう……?)
「それじゃあ、毬蹴りを始めましょう」
「あ、はい……」
界と雨は距離を取る。
そして、なにげなく雨が界に向けて、毬を蹴る。
「っ………………!?」
(えぇ……!?)
その毬は、まるで弾丸のように、界の頭の横を掠めた。
ギリギリ反応して首を曲げていなかったら、今頃はデュラハンのようになっていたかもしれない。
「ごめんなさい……界くん……私、毬蹴りは初めてで……」
「そ、その割にとてもよいミートで……」
(…………いや、初めての威力じゃないだろ……。でも……この人……多分…………めっちゃ強い人じゃん)
界は自分が強くなるために、吸収できるものを持っていそうな人物を発見し、わくわくしてくる。




