17.寂護院
赤池事件から数日後――。
界はお縄になっていた。
というと、言い過ぎであるが、〝保護観察処分〟となっていた。
赤池事件後に、界の父は、赤池を霊審院に突き出した。
霊審院とは破魔師の司法を担っている組織である。
日本において破魔師は国の通常の組織から一部、切り離された扱いをされていた。
◆
「く、黒川殿! ど、どういうことです!? 界が保護観察処分とは!?」
父は霊審院の判事である黒川に詰め寄っていた。
黒川は父と同じくらいの年齢で、眼鏡をかけた知的な印象の男性であった。
「そのままの意味ですが……」
焦燥する父とは異なり、黒川は淡々と答える。
「な、なぜですか!? 界は被害者であって……」
「白神殿の仰りたいことは承知しています」
「な、ならっ……!」
「ですが、証拠がないのです。今回、白神殿と赤池殿の証言が完全に真逆なのです」
「っ……!」
父は強く歯を食いしばる。
目を覚ました赤池が素直に罪を認めるはずがなく、嘘八百を並べ立て、自身は被害者であると主張したのだ。
「白神殿もその現場を実際に目撃したわけではないのでしょう?」
「…………はい」
「第三者である鏡美氏の証言から、白神殿がやや優勢ではあります。しかし、一人の証言ではどちらかに加担している可能性があり、証拠として不十分です。そもそも五歳児である界くんがドウマ様の力を使わずに、赤池殿を圧倒したなどというあまりにも突飛な証言からも、その信憑性に疑問符がつきます。特に〝ドウマ様の力を使わずに〟の部分です」
「っっ……はい……」
黒川の発言に、父は歯がゆい思いをする。
だが、黒川の言っていることは完全に正論であった。
「赤池殿は界くんがドウマ様の力を使っていたと証言しており、この点は完全に食い違っています」
「それは赤池殿がただの五歳児に敗れたと認めたくないからでしょう。これがドウマ様に敗れたとなれば、面目だけは保たれる」
「……確かにそういう見方ができるのは確かです」
「それに、黒川殿、そもそも赤池は不法侵入を……!」
「……赤池殿自身は鏡美に導かれ、罠に嵌められたと証言しています。赤池殿の発言はやや不自然ではあるものの、断定をするには、やはり証拠不十分です」
「っ……」
「それに鏡美氏の証言する赤池殿の動機が、いくらなんでも醜悪……というか、頭が悪すぎてな……」
それを聞いた父は複雑な顔をする。
「確かに……私が黒川殿だったとしても、あまりに低俗過ぎて、とても信じられなかったかもしれない……」
「「……」」
二人は一瞬、沈黙する。
「白神殿、納得はいかないかもしれませぬが、界くんはあくまでも保護観察処分です。前科が付くわけではありませんし、保護観察期間が終われば元通りです」
「…………わかりました」
実際のところ、赤池は七代名家においても声の大きい方であった。
その赤池の発言を全面的に受け容れることはしなかっただけ黒川はましであった。
そんな経緯もあり、赤池は留置所へ、界は保護観察処分という判決がなされたのである。
赤池の発言により、鏡美も嫌疑がかけられることになったが、鏡美は処分を保留された。
「それと、白神殿……」
「……はい?」
「これは本件とは関係ないですが、界くんが生まれて5年。すなわち鬼神ドウマ様が降霊してから5年経ちました。鬼神ドウマ様は例え依代の子に宿っていたとしても、災厄をもたらす程度の力を有していると史実にはありますね。しかし、事実として、この5年間、この日本に目立った災厄が起きていない」
「…………そうだな。それがどうしたのです? まさか、黒川殿も界をどうにかしようと……?」
否応なしに父の視線が鋭くなる。
「いえ…………、そうではありません」
「……?」
「判事の立場を抜きにすれば、鏡美氏の証言には……その…………ワクワクせざるを得なかった………………とだけ……」
「…………!」
黒川の発言を聞き、父は一瞬、驚き、そして少し口角を上げる。
「じゃあ、判決変えて……!」
「それはだめ」
◆
そうして現在――。
(……………………)
界は瞑想していた。
【おい、小僧…………暇だ……】
(っ…………)
【おーい、小僧介、言っておくが、瞑想に意味なんかないぞーー?】
(っ…………)
【なぁなぁ、小僧介、それでよー、儂様の史実調べたー? なぁなぁーー、調べたー?】
「あぁ、うっさい……! 調べてないよ……!」
「「「!?」」」
周囲にいた教官の視線が界に集まる。
「…………あ、すみません」
界は恥ずかしそうに謝罪する。
界は現在、寂護院と呼ばれる破魔師の保護観察所に収容されていたのだ。
そこで、今は正に、瞑想をさせられていたのだ。
「あぁ、し、白神界くん、いいのいいの。自分のペースでやればいいから……」
「…………はい、すみません」
「すみませんなんて、滅相もございません」
教官はへこへこと5歳児である界に頭を下げる。
(……)
すでに慣れつつあったが、寂護院でも界は明らかに忖度されていた。
(まぁ、俺に忖度っていうかドウマが怖いだけだろうけど……)
寂護院では、養育の名目で、瞑想以外にも色々な訓練を行わされていた。
(はぁ……、赤池の件、やってしまったことに後悔はないけども……、正直、鏡美先生の修行の方がよかったなぁ……)
界は丁寧でわかりやすく、時には難しいことにもチャレンジさせてくれた鏡美のことが恋しくなる。
(というか、父ちゃんと母さんが亡くなる6歳まで、あまり猶予もないし、なんとか自分で自分を鍛えるしかないな……)
界はそんなことを考えていると、
「こらっ! 瞑想中に動くんじゃない」
「きゃぁあ!」
(っ……!)
教官が同じ場所で、瞑想を実施していた別の子の肩を警策で強く叩く。
界を含めて六人の子供が共に瞑想をしていた。
「わ、私……う、動いていません」
叩かれた女の子は教官に対し、抗議する。
「なんだ……? 銀山雨さん……? 反抗的だな……悪抜っ……」
「ちょっと……! それは……」
教官が何かを言おうとして、別の教官がそれを止める。
「あ、あぁ……すまんすまん」
何かを言おうとした教官はへらへらと謝る。
銀山雨と呼ばれる少女は、無表情になり、瞑想へと戻る。
(…………胸糞悪いな……。一言言ってやりたい……。しかし……)
界の頭の中に、入所前に父から言われたことが想起する。
『界、寂護院から早く出るためにも、くれぐれも角が立つことは控えるようにな……。特に界自身の魔力は極力、使わないように……。界は頭がいいからわかっていると思うけど、界は本来、ドウマ様の魔力しか使えないはずなんだ……。魔力量測定も測定不可ということになっているし……。それが違うとなると、異端分子扱いされて、余計に話がこじれるかもしれない……』
(うーむ…………歯がゆい……)
などと、思っていると、
【おい、小僧介……】
(…………へ?)
ドウマが突如、語り掛けてくる。
【儂様は……奴らを呪い殺すことにした】
(え……!?)
そう言うと、ドウマは久方ぶりに自身の闇の魔力を放出しようとしてくる。
(ちょ!)
界は焦る。……が、
(ん……? そういえば父ちゃんからは……自分の魔力を使っちゃダメとしか言われてないな……。なんなら依代の子が依代の子らしく悪霊に乗っ取られていた方がよっぽど普通なのか……?)
「……」
ふと、理不尽に叩かれた銀山雨と呼ばれる少女の儚げな背中が視界に入る。
(……別に今は危機的状況で頼るってわけでもないし………殺すのは流石にNGだけど……)
「(…………ちょっとくらいならいいか……)」
【え……? い、いいの……!?】
ドウマは素っ頓狂な声をあげる。




