16.後始末
のびている赤池の姿を見て、界はふと思う。
(今回、赤池を倒せたのは、完全に運だったとまでは言わないけど、運がよかった部分もあるのは確かだ……。ぶっつけ本番で魄術が使えたのが正にそれだ。今後は不確実性を排除していくことが課題になってくるな……)
「えーと……、それでこの状況どうしよう……」
勢いあまって赤池をぶん殴ってしまった界であったが、後先のことを考えていなかった。
「界様…………申し訳ありません」
赤池が意識を失ったことで、鏡美の拘束が解かれていたようだ。
その鏡美は界に向かって頭を下げる。
「界様の家庭教師を受けた裏で、赤池の仕事を受けてしまったこと、深くお詫びいたします」
「あ……えーと……」
「白状いたします。この仕事を受けた時の私は依代の子であり、異端でもある界様を調査する……という赤池の依頼は社会的に意義のあるものと捉えておりました。ですが、今ではそれが間違っていたと思っております。これは私の素直な気持ちでございます」
「……」
「どのような罰でもお受けする覚悟でございます」
「…………罰だなんて……」
界は困惑する。
「罰なんてないですよ……。でも……鏡美先生、一つだけ聞きたいです」
「はい、なんでございましょう?」
「僕に教えてくれたことは全力だった……と思っていいのでしょうか?」
「っっ……! も、もちろんでございます! 仮初の仕事であっても仕事は仕事。不肖、鏡美ではございますが、仕事には常に全力で取り組んでまいりました!」
「……であれば、大丈夫です。僕は先生が鏡美先生でよかったと思っています」
界は微笑みかけるように鏡美にそう伝える。
「えっ……」
それを言われた鏡美は、はっとする。
頬は少し紅潮していた。
「はっ……、わ、私は一体……! 界様は五歳児ですよ……!」
鏡美は顔をぶんぶんと振っている。
(……ん?)
界はそれを不思議そうに眺める。
と、脳内からも声がする。
【おい、小僧……】
(「ん……? なに……?」)
【この……あんぽんたん】
(は……!?)
ドウマから突然、小学生並みの罵りを受け、界は動揺する。
(まぁ、いい……。今は気まぐれドウマおじさんに構っている場合ではない)
「と、ところで鏡美先生…………これ、どうしよう……」
界は焦った表情で、自身がのしてしまった赤池を指差す。
「…………はい」
鏡美は少々、嫌そうに、赤池の状況を確認する。
「どうやら、気絶はしていますが、生きてはいるようです」
「そうですか」
界はそれを聞き、少しほっとする。
このような世界であっても、前世で絶対悪であった殺人は犯したくはなかった。
「では、界様………………証拠隠滅しましょうか」
鏡美はどこからともなく鋸やらバッグやらを取り出す。
「いやいやいや、鏡美先生、今は冗談言ってる場合じゃないですよ!」
「え……? ……はい」
鏡美は少し不思議そうな顔をしながらも、頷く。
(…………ひょっとして冗談じゃなかった?)
と、界が冷や汗をかいていると、
「おぉー、界~、巡~、今、帰ったぞー」
病院から呑気に父が帰ってきた。
「鏡美先生、ありがとうございましたー。幸い、真弓は大したことなく…………って、え? 何これ、どういう状況?」
父は道場でぶっ倒れている赤池を発見し、硬直する。
◇
それから、界と鏡美はつい先ほどあったことを父に話した。
「いや、えーと……すまない、理解が追い付かないのだが……」
父は強く困惑した様子であった。
「鏡美さんが実はスパイで、赤池殿が界を殺そうとした。しかも赤池殿は俺や真弓のことをそんな風に思っていたなんて……。いや、そんなことはこの際、どうだっていい……」
(…………どうだっていいとは父ちゃん、随分とおおらかだな……)
「そ、そんなことよりも……本当に赤池殿を…………界が……? しかも界が魄術を使っただって……?」
「はい、白神様、間違いございません」
「っっ……。赤池殿は腐ってもクラス4〝能級〟破魔師だぞ? それを界一人で……?」
「はい、白神様、間違いございません」
「っっ……」
父は言葉を失う。
「い、いや、父ちゃん、一人じゃなくて鏡美先生もいたし……」
「いえ、私は何の役にも立ちませんでした」
(えぇ……!?)
鏡美は完全否定する。
「界……まずは無事でよかった。本当に……」
父は界を強く抱きしめる。
(……)
「界、だが……一つだけ確認させてくれ」
「あい」
「なぜ、父が渡した人形を持っていなかったのだ?」
「へ……?」
「渡しただろ? 初めて鏡美先生が来た時に、人形を……。肌身離さず持っていろと……」
「え……? うん……。だから、持ってるけど……?」
界は折れないように大事にケースに格納した人形を父に見せる。
「っっっ……!? も、持っていた?」
「うん」
(ってか、いつも持ってろって言われてるけど、これ何なんだろう……)
「…………つ、つまり……式神はあの赤池を前にしても、界にとっては些細なこと。危機ですらないと判断したということか…………? そ、そんなことが……」
父は何やらぶつぶつと呟いていた。
次話、ドウマ、ついに(ちょっと)許しを得る……。光と闇の融合の序章が始まる。




