11.妖術
界は鏡美から心技体のうちの体について説明してもらった。
次に〝技〟について教えてもらうことになった。
「まずは技です。技とは、すなわち技です。いや、そのままなのですが、技なのだから仕方がありません。破魔師の技は、一般的に〝妖術〟と呼ばれております」
「妖術?」
「はい、妖術は特定の型に則り、魔力を形にいたします」
「おぉー」
(なんかすごそうだ……)
「魔力を風、炎、土、雷、水の五大属性のいずれかに形を変えて、放つことができます」
「見てみたいです……」
界はキラキラとした瞳で、鏡美を見る。
「っ……、わ、わかりました。それでは僭越ながら私が……」
鏡美はそう言うと、腕を前に出し、手の平を上に向ける。
そして、小さな声で呟く。
「炎術〝蛍火〟」
鏡美の手の平に小さな炎が灯る。
「……このような感じでございます」
「おぉー……」
初めて実際に目にする魔術に、界は少なからぬ感動を覚える。
「す、すごいです」
「えっ……!? えーと……はい……あ、ありがとうございます」
鏡美は驚いたような照れくさそうな微妙な表情をしていた。
「あの、それで先生……それってどうやってやるんですか?」
「あ、えーと……妖術については、それぞれの技について〝術ノ書〟という教科書のようなものがあります」
「なるほどです……その術ノ書を読めばいいんですね」
「いえ、術ノ書に触れればいいのです」
「え……? 触れるだけでいいんですか?」
「そうです。ただし、術ノ書に触れてからが本番です。術ノ書に触れると体に術式が流れ込みます。そこからは、その技を実行するイメージトレーニングを繰り返します。その方にその術の適正がない場合、どれだけトレーニングしてもできない場合もございます。とはいえ、一度、技に成功すると、不思議なもので次からは容易に発動できるようになります。ただ……」
「ただ……?」
「術ノ書注入の副反応が結構辛いです」
鏡美は引きつったような顔で言う。
「な、なるほどです」
(こりゃ、相当、辛そうだ……)
「それじゃあ、鏡美先生、術ノ書を貸してください」
「えーと、はい?」
界の言葉を聞いた鏡美は豆鉄砲をくらったような顔をする。
「界様、話聞いてましたか? 術ノ書注入には辛い副反応がございまして……」
「あい……やってみたいです」
(父と母が前世で亡くなった六歳まではそう時間がない。可能な限り最短で強くならないといけない……)
「っ……」
鏡美は言葉に詰まる。が……、
「なりません……、せめて保護者様に許可を得てからでないと」
鏡美にとって、依代の子からの要請を断るのは命がけであった。
それでも鏡美は指導者としてのプロフェッショナルを貫いた。
すなわち、児童の安全を第一とすることである。
「そ、そうですよね。今日帰ったら、父ちゃんに聞いてみます」
「はい……」
【ふむ……小僧……どうしてもやりたいのなら、この儂様が術式を注入してやらんこともないが……】
(おっ、今日は妙に静かだと思ったら……)
「えっ? ドウマ、そんなことできるの?」
「はい……?」
(あ、やべ……)
界はうっかりドウマとの会話を口に出してしまい、鏡美は不思議そうな顔をしていた。
「あ、えーと、なんでもないです」
界は適当に誤魔化す。
(「それでえーと、ドウマ、そんなことできるの?」)
【ま、まぁな……】
(ん……? 若干、いつもよりしおらしいような……)
「ありがとう、でも今はいいや」
界は保護者に許可を得てからという鏡美の意志を尊重したかった。
【そうかい……】
そうして、その日は、体術の訓練……という名の筋肉トレーニングを行った。
幼児向けのスペシャルメニューだ。
しかし、それはそれで、結構、きつかった。
翌日――。
「鏡美先生、父ちゃんから術ノ書の許可をもらいました」
「はい、お父様からご連絡いただいております」
界は昨日、訓練終了後に妖術の訓練について父に相談した。
父は少し悩んでいたが、母にも確認しつつ、OKの許可をくれたのであった。
「それではこちらを……」
鏡美はアタッシュケースから書物をごそごそと取り出し、そして道場の床に置く。
「これが……」
「はい、術ノ書でございます」
界は息を呑む。
「ただ、まずは初歩です。昨日、私がお見せした〝蛍火〟の書でございます」
「わかりました」
「それでは、準備ができましたら、術ノ書に触れてください」
「あい」
界は意を決して、術ノ書に触れる。
(っ……!)
術ノ書に触れた瞬間、界は熱い何かが身体中を駆け巡る感覚がした。
そして頭の中に技のイメージが流れ込んでくる。
「界様、大丈夫そうですか?」
「はい、今のところ……」
「よかったです。それでは、ここからが本番です。技を放出するよう魔力を練って、放出するイメージです」
「わかりました」
界は鏡美がそうしていたように、腕を前に出し、手の平を上に向ける。
「やります……妖術〝蛍火〟」




