01.悪憑の子に転生?
ストックがそれなりにあるので連続投稿していこうと思います。
「っ……! うぉ、揺れてる……!」
俺、現在、大地震被災中です。
尋常じゃない揺れが部屋を搔きまわしているかのようだ。
バキンバキンと聞きなれない音がどこからともなく聞こえてくる。
大地震が来た。
それは即ち、俺が生き残るために、備えてきた様々な対策を発揮する時がついに来たということだ。
時刻は深夜。
ベッドで眠っていたので、揺れが収まるまでそのまま耐える。
眠っている時間は一日のうち実に1/3。
それでいて最も無防備な時間。
だから想定しないはずがない。
ベッド周辺には、倒れるリスクのある家具は一切、置いていない。
ゆえに下手に動くより安全だ。
次第に揺れが弱まってくる。
と、同時に常夜灯が消え、暗闇となる。
停電だ。
だが、それと同時に停電を感知するタイプの非常灯が点灯する。
俺は枕元に置いてあった靴、ヘッドライト、ヘルメット、笛を装備し、まずは玄関へと向かう。
全ての家具を固定していたとはいえ、流石に物が散乱している。
ヘッドライトで照らしつつ冷静に外へ向かう。
この家は、両親が遺した木造2階建て。
独り身で暮らすには少々、広すぎる家だ。
それはそれとして、新耐震基準で建てられているから、理論上は震度7に一度は耐えられる構造に設計されている。
だが、二度目は想定されていない。
過去の震災では、震度7の地震が短い間隔で発生した事例もある。
だから、速やかに屋外へ脱出する。
玄関に置いてあった非常用袋を背負い、無事に屋外へと脱出する。
家は海からそれなりに離れているから津波の危険性は低い。
だが、念のため非常用袋内のラジオで情報をキャッチ。
問題なさそうだ。
ここまでは想定通り……最初の危機は脱した。
我ながらこんな大地震でも比較的冷静に、効率的に立ち回れていると思う。
災害大国日本。
そんな日本において、防災意識は重要だろう。
中でも俺はかなりまじめに対策していた部類だと思う。
両親が遺した家と言ったが、俺の両親は地震を被災して亡くなった。
俺一人を残して。
……ごく普通の独り身サラリーマンである俺。
そんな俺が人より地震対策をしていたのはそれが理由だと思う。
「さて、温暖な季節で、津波なしのケースだ。事前に決めていた駐車場に向かうか」
俺は迷わない。
迷わない……はずだった。
「助けて……」
「っ……!」
倒壊した古い木造建築の下から声がする。
だが、俺は決めていた。
こういうことがあったら迷わないと。
助かる見込みの低い赤の他人がいたとしても自分を優先する。
そう決めていた……はずだったのに。
助けを呼ぶ声は、幼かった。
つまり……恐らく子供。
馬鹿なことだと思う。
俺の両親は他人の子供を助けるために亡くなったそうだ。
当時、立派だったと大人たちには言われた。
だけど、子供だった俺には理解できなかった。
今だって理解できていない。
なのに俺の足は声のする方へ向かっている。
「あぁ……! なんでだ……!」
そんなことを叫びながら、非常用袋からバールを取り出し、ガレキを取り除きに掛かる。
それからは必死だった。
……
「あ、ありがとう……ございます」
ガレキの隙間からなんとか這い出てきた子供が俺に礼を言う。
「あぁ……よかったな……」
俺はなんとかそう答える。
防災対策はしていたとはいえ、普段はデスクワークのサラリーマンだ。
慣れない救助活動に体力は限界に近かった。
その時だった。
「あっ……!」
強い揺れが発生する。
恐れていた余震であった。
「うわぁああ!!」
子供は大きな声で叫ぶ。
「っ……!」
……
次第に揺れが収まる。
「お、お兄さん……」
俺が咄嗟に覆い被さった子供は不安そうな声をあげる。
……だから、想定外の行動はするなって決めてたのによ。
こんなことしてなけりゃ、今頃、倒壊とは無縁の駐車場に辿り着いて、意気揚々とキャンプの準備をしていただろうに。
痛え……。クソ痛え……。
俺の身体に、鋭利な物体が突き刺さっていた。
「う、うわぁああああ!!」
子供は覆いかぶさる俺から這い出て、逃げ去るように駆けていく。
いいさ、別に何かを期待していたわけじゃない。
それにしても両親と同じ死に方するとはな……。
ただ両親とは違う点もある。
不幸中の幸いってやつだ。
俺には守るべき家族も悲しむ親もいない。
ただ少し思う。
自然災害によって踏みにじられた俺と両親の人生とは、なんの意味があったのだろうか……。
自然の前に人は無力。確かにそうかもしれない。
だが、そんな言葉一つで片づけられてしまうほど些細な命なのか?
ただただ……無念だ。
世界が暗転する。
◇◇◇
「うぅう゛うううぅう゛うう!!」
女性が悲痛な声をあげる。
それは陣痛の苦しみに耐える声であった。
「真弓ぃ……」
その姿を心配そうな顔で見つめる男がいる。
男以外にも巫女姿の者たち数名が取り囲むように、陣痛に苦しむ女性の姿を監視している。
そして、
「……そろそろですね」
「はい……白神殿……降霊の儀を執り行います。お下がりください」
巫女は男に告げる。
「っ……」
心配そうな顔をしていた男は、複雑そうな顔をする。
「白神殿……ご覚悟はすでにできているはず。お下がりください」
そう言われ、男は無念そうな顔を浮かべながらも、後ろに下がり、
「……すまない」
巫女たちに謝罪する。
「いえ、これが務めですから。それにお辛いのは同じでしょう……」
「…………すまない」
男はもう一度、謝罪する。
「それでは、これより〝鬼神ドウマ〟降霊の儀を執り行う」
陣痛で苦しむ妊婦。
その周りを取り囲む五人の巫女は祈祷を捧げる。
妊婦を中心に、五人の巫女を結ぶように五芒星が発生する。
「あぁあ゛あああ゛あああぁああ!!」
妊婦の悲鳴はより一層大きくなる。
〝鬼神ドウマ〟降霊の儀。
それは〝破魔師〟の宿命であった。
その昔、人々は悪霊の呪いに苦しんだ。
悪霊は災厄をもたらし、巨大な自然災害や大量殺戮が発生した。
災厄を鎮めるために、編み出された苦肉の策が〝悪霊降霊の儀〟である。
凶悪な悪霊を生まれたばかりの赤子に憑依させ、その欲望を満たさせるのだ。
数十年に一度の周期で、それを行うことで、最小限の犠牲を払い、呪いを極小化させることができたのだ。
そのような中でも、最強の悪霊と呼ばれる〝鬼神ドウマ〟の降霊の儀。
それが今まさに執り行われていた。
「出てきます……!」
赤子の頭が見えてきた。
助産師、そして巫女たちは覚悟を決める。
鬼神ドウマの呪いは例え極小化したとしても、凶悪なものであった。
それは産み落とされた瞬間に、周囲の人間を呪い殺すというものであった。
「んんん゛んんああぁあ゛ああ!!」
妊婦が叫び、赤子が今まさにこの世に生を受け、
「おぎゃぁあ……おぎゃああ!」
そしてたいそう元気な産声をあげる。
「はぁはぁ…………おめでとう……生まれてきてくれてありがとう……そしてごめんね……」
それを確認した母は穏やかな表情で告げる。
悪霊降霊の呪い。
それは自身の母親も例外ではない。
母はその言葉を最初で最期の言葉として、我が子に送る。
巫女の中には涙を流すものもいた。
「おぎゃぁあ……おぎゃああ!」
生まれたばかりの赤子の周囲にどす黒いオーラが発生する。
「さよなら……界……」
母は目をつむる。
が、しかし……、
「………………………………あ、あれ……? 降霊の儀、成功した?」
いつまで経っても生きている女性たちはきょとんとする。
……
【……殺す……我が恨みを呪いに変えて…………殺す】
(いや、それは普通にだめっしょ……)
【っ……!? な……なんだこれは!? おかしい……これが赤子だと!? あり得ない? なんという精神力だ……】
(……? なんだこの……頭で響く声は?)
【なんなのだ!? 畜生……! なぜだ!? なぜ思い通りにいかぬのだ!?】
(……意味不明すぎる…………ってか、俺、赤ちゃん……?)
「……」
(…………とりあえず泣いとくか……)
「おぎゃぁあ……おぎゃぁあ……おぎゃあああああ!」




