三、下剋上初心者
屋敷の呼び鈴を鳴らすと、ムキムキで前髪を結んでいるおじいさんが出てきた。
「は、はじめまして!シュウジです!弟子にしてください!」
「久しぶり、サブ爺。彼が僕が紹介したいと言っていた、シュウジだ。今まで村ではちゃんとした教育を受けさせてもらえといなかったようだから、基礎からお願いしたいのだけど、大丈夫かな。」
(…サブ爺?!)
シュウジは驚愕した。つい先程まで三賢者様、最強とか言って散々ヨイショしていたのに、自分はなんという砕けた態度なのだ。事前に今から紹介する人と僕は結構仲いいんだ、とか言ってくれていたら、こんな変な挨拶しなかったのに、もっと余裕がある態度を取れたのに。こんなんじゃ、都会に来て緊張している初心な田舎っ子じゃないか!と心で叫んだ。
「久しぶりじゃのう、ハルちゃん。うむ。彼は本当に先天属性が二つもあるのかい?」
(ハルちゃん……)
「ああ、そうなんだ。風の方は今日使い始めたばかりなんだ。」
「はは、あるあるじゃな。気づかなかったんじゃろ。それにしても、すごい妖力量じゃのう。わしほどではないが。これなら物怪も食っても死にはしないのう。アオちゃんは何か言ってたかい?」
「まだ調べきれてないみたいだ。あいつにもわからないことがあって少し安心したよ。」
「そうかそうか、おっと、いけない。ずっと立たせちゃって申し訳ないね。さあ、中にお入り。」
シュウジにはわかるようなわからないような話をしていて、なんだか自分は蚊帳の外のような感じだったので話が終わって安心した。
屋敷の中はいい匂いがした。もう外は暗くなってきているから夕飯を作っているのかもしれない。村でもよく夕飯を準備する匂いがしていた。
「わしはサブロウじゃ。ちなみに今年で七十五歳じゃ。ここまで飛行術できたということは、かなり妖術の覚えがいいみたいじゃの。」
サブロウはとても七十五歳には思えないほどキビキビ動き、客間の席につく。ハルキも慣れたような動作で椅子に座る。
「いや、飛行術はケントに教えてもらいました。ケントがいなかったら多分、今も飛べてない。」
シュウジも二人に続いてハルキの隣に座る。ケントには本当に感謝しているが、あの鞭はもう勘弁だ。
「そうか。素直で良い子じゃ。じゃが、教えてもらったからといってすぐできるわけでもないんじゃぞ。特に、飛行術は一日でできるようになるなんて宮廷妖術師でもたまにしかおらん。」
(もしかして、俺って結構すごい…?!)
「というわけで、明日から毎日飛行術でおつかいに行ってもらいまーす。」
「おつかい?」
「うむ。今日はもう遅いからよいぞ。明日からは家政婦からおつかいメモをもらってあっちの方にある街で買ってくるんじゃ。」
「家政婦?!」
家政婦という単語は村長の家にあった小説で見たことがある。村にいるころはよく村長の家でもう読まれていなさそうな本をこっそり読んでいたのだ。字の読み書きは昔、こっそり近所のおじさんに教えてもらっていた。
「こーんなに広い家、わし一人じゃ無理じゃ。まあ、もうすぐ孫が帰ってくるんじゃが♡」
「孫?!」
「今はこの国で唯一の最高学府に通っとるんじゃ。ちなみに、シュウちゃんはもう成年を迎えてるので編入はできないのじゃ。うちの孫もシュウちゃんと同い年で今年卒業なのじゃ。冬が終わる頃に帰ってくる予定じゃ。」
(シュウちゃん……)
噂の家政婦がお茶を入れに来た。三人の前に美しい所作で湯呑を置く。
「サブ爺、今は秋だよ。まだ結構先だよ。そういえば、コハクちゃんは何属性だっけ。」
今まで黙っていたハルキが湯呑をすすりながら尋ねる。
「水じゃ。じゃから、アオちゃんにはお世話になるかもしれないね。わしは炎術が専門じゃからのう。」
そこからハルキとサブロウの世間話が始まって、シュウジはひとり取り残されてしまった。居心地が悪いな気もしたが、今まで人の世間話をちゃんと聞く機会がなかったので、こっそり楽しんでしまった。
「夕食の支度ができました。」
家政婦の機械的な声が二人の会話を遮る。
「おーご苦労さん。すっかり夢中になって紹介を忘れていたわい。シュウちゃん、こちらはさっき言ったこの家の家政婦さん、ウメちゃんじゃ。仲良くしてやってくれ。」
「よろしくお願いします。ウメと申します。」
「よ、よろしくお願いします!シュウジと申します。」
不出来な挨拶をしたあと、豪華な夕食を食べて、風呂に入った。風呂の温度がシュウジには熱すぎたが、しばらく浸かっていると慣れてきた。慣れたどころか、温かさが体の奥に染みていく感じがして気持ちよかった。今まで冷たい川にしか浸かったことがなかったし、宿でも温泉というものがあったが臭かったのでやめておいた。というわけで、これが初めての風呂だ。もし次、あの宿に行く機会があったら絶対入ろうと心に決めた。しかし、風呂から出ると立ち眩みで世界がぐるぐる回って見えた。昨日の山での出来事を思い出す。初心に帰るためにできるだけ毎日熱い風呂に入ろうとシュウジは決意した。
風呂から出ると、ウメにこれからシュウジが使う部屋に案内された。その部屋は村にいた頃の物置部屋よりずっと大きかった。ベッドも宿よりもふかふかしているように思えた。
「こんなに良くしてもらって申し訳ないな…」
気がついたら口に出してしまっていた。
「これからシュウジさんはこの国、国民を守る立場になります。申し訳ない、と思う必要はありません。命より高いものはないと言うでしょう。その命を守ってやるのだからこれくらいは当然です。贅沢だというやつがいたら命を取ってやりましょう。」
ウメは表情にこそ変化を出さなかったが、雰囲気がとても穏やかとは言えなかった。何か今まで言われてきたのだろうか。
シュウジはふかふかのベッドに包まれ、目を瞑る。明日からの生活への高揚感で眠れないかと思ったが、ケントからのスパルタ指導のせいか、すぐに眠りについた。




