二、空飛ぶおっさん
一時間程前から、シュウジには気になっていることがあった。飛行術を練習をさせてもらっているこの宿の庭の木から視線を感じるのだ。しかも、好意というよりは敵意の。相手が敵意を向けているということは、こちらも相応の態度で臨まなければ舐められる、というのが山で学んだこの世の理だ。
「そこのおっさん、さっきから俺を見て、何してるんだ?」
正直、山で培った直感的には同い年ぐらいの男だとシュウジは踏んでいたが、相手の敵意に対抗しないではいられなかった。
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ケントは華麗に一回転しながら木の上から飛び降りた。一回転しても綺麗にまとまっている彼の髪は枝毛とは無縁そうな美しさを放つアイボリーベージュの髪で、肩の高さくらいまであった。シュウジのそれとはかけ離れた美しさだった。シュウジの髪は枝毛だらけの少し赤みがかった茶髪だ。
「君は妖力の放出の仕方がまるでなっていない。それに、そのリズム感。音楽家が聞いたら目眩を起こして嘔吐するほどだ。」
「問題点が分かっても、解決策が思いつかないもんでね。」
「僕に教えを乞うのなら、そうだな、この木と僕の服が一目惚れしちゃってね。説得してくれないか。」
シュウジは教えを乞いた記憶は全くないのだが、よく見るとケントの手が届きにくい所で制服と思しき服と木の枝が引っかかっていたので仕方なく取ってやった。
「何が一目惚れだ。引っかかってるだけじゃねーか。」
「はあ、君にはロマンがないね。それじゃあ駄目だ。妖術とはロマンなのだ。如何に美しく『エレガント』に使うか。それが大事な基礎だからね。自分の妖術の使い方には永遠にロマンを求めるべきだよ。妖術はどこまでも美しくなれる。ロマンがない君と違ってね。」
「本当に教えてくれるのか。」
「ああ、もちろん。受けてみな、飛ぶぞ。」
それからケントからビシバシと指導を受けた。シュウジが上手く飛べないのは、妖力と体の両方が不安定だということで、ケントに風術で浮かされながら垂らした布に一定の強さの風を当てる訓練をした。少しでも強さが変わるとケントが鞭でビシバシと叩いてきた。
(こ、これは…意識が飛ぶ!)
三時間かけてようやくケントから及第点と言ってもらえた。
そして、ケントがシュウジに向かって風を当て、それを相殺するように風を当てる訓練をした。相殺できないと庭の生け垣までふっ飛ばされ枝が背中に刺さって痛い。おまけに風がただの風ではなく、鞭のようにビシバシと体を叩くのだ。さっきからケントが喜んで見えるのは気のせいだろう。一時間後、ケントが風を止めた。
「君、飛んでみろ。」
シュウジは正直、こんな訓練で飛べるようになってたまるか、と思ったが、また鞭で叩かれそうなのでやってみた。すると、最初の一回はうまく飛べなかったが、二回目では今までで一番長く空中に浮遊することができた。
「す、すげえ!」
「言っただろう、ロマンが大事だって。」
ケントが得意気に髪を風に靡かせる。自前の風だ。
「お前の指導方法にはロマンもクソもねえけどな。」
「貴様ッ!鞭は音速を超えるんだぞッ!?ロマンの塊じゃないかッ!」
額に青筋を立てたケントから庭の木の栗が飛んで来る。シュウジはそれを避けながら飛行術を発動し、役所をめがけて飛ぶ。
「すげー!ちゃんと飛べてる!」
役所に近づき、下を見てみると、一人で佇むハルキがいた。
「…大丈夫だと思うよ。優秀な部下をつけたから、彼ならシュウジに教えてくれているんじゃないかな。…あはは、僕が昔から教えるの下手だったの知ってるだろ?でも、まあ、いつかは出来なきるようにならなきゃいけないと思うよ、あいつは出来ていたからね。」
(一人で話してる?)
シュウジは着地して音を立てないようにハルキに近づく。やはり、どう見ても一人で会話しているようにしか見えないが、話の内容的には誰かがいるようだった。
「ハルキ、誰と話してるんだ?」
「お!本当にここまで飛べるようになったのか。偉いぞ。じゃあ今から僕についてくるんだ。」
ハルキは会話の相手に何も言わず飛び始めた。ハルキの飛行術はシュウジのそれよりずっと綺麗だった。
(大事なのか、エレガント…)
「おい、ハルキ。誰と話してたんだよ。」
喋ると体勢が乱れてしまいそうで囁き声になってしまった。ハルキはそんなシュウジとは大違いで、体勢を安定させたまま後ろ向きになった。
「ああ、さっきのは風術で遠くの人と会話してたんだ。君もいつか教えてもらえると思うよ。ただ、かなり妖力を安定して放出できるようにならないと難しい。」
「やっぱり『エレガント』は大事なのか?」
「『エレガント』…ケントかな?そうだね、大事だ。今だって身体と妖力を安定させないと上手く飛べないだろ?風術以外にも、炎術や水術、土術だって狙い通りに使うためには安定が重要だ。君も山で狩りをしていたならわかるんじゃないかい?」
「確かに、乱れすぎると山火事になりそうだった。」
初めてクマに遭遇したとき、焦って火術を放ち、周りの草木を燃やしてしまったことを思い出す。ハルキは苦笑いした。
「これから君は我が国の誇る三賢者の一人、【天墜の妖術師】に弟子入りするんだ。妖術だけじゃないエレガントも身に着けなきゃね。」
「三賢者って村で少しだけ聞いたことあるけど、何だ?」
「簡単に言うと、この国の最強人間ランキングTOP3だ。」
「その最強人間ランキングだと、ハルキはどれくらいなんだ?」
シュウジが尋ねると、ハルキが指を折って数える。
「…よくて七番目かな?」
「何人中だ?あと、俺は?!」
「うーん、三十万人くらい、かな?君はまだランク外。」
ハルキは爽やかな笑顔で答える。シュウジは今目の前にいる男が、もちろん弱いとは思わないが、そんなに強いとは思えなかった。シュウジの中でいう強いというと、クマやイノシシのような物理的で野生的な強さのイメージしかわかないのだ。
「さあ、ついた。これから君はここで住み込みで修行だ。」
着地する前、少し離れたところに街が見えた。もう空は少し暗くなっていて、街には灯りが灯っていた。これが都会か、とシュウジは少し感動した。
「え?!住み込み?!ここに?!俺が?!」
目の前にはさっきの役所なんかよりも大きな屋敷がどっしりと構えている。
「ああ、三賢者様だぞ?これくらい広いのは当然だ。」
「三賢者ってすげー!俺もなれるかな…」
「なれるかもしれないな。だが、その前に俺がなる。」
(ハルキは時々、エレガントの皮が剥がれるよな…)
シュウジが冷やかそうと横にいるハルキを見ると、彼は真剣な眼差しで拳を握りしめていた。
「じゃあ、ライバルだな。俺たち。」
ハルキは驚いた顔をしたが、すぐに、ああと返事をした。
「さあ、挨拶しに行くぞ。最強だからちゃんと礼儀正しくするんだぞ。」
ハルキはそう言ってシュウジの背中を押す。
「あ、まって。今から弟子入りする人は三人中何番目なんだ?」
「それは場面によって違うな。だが、妖術の威力だったら…"世界一"だ。」
「…世界一!」
シュウジはつい先日まで、村八分の孤児だったのだ。それなのに、今、目の前にあるのは妖術の威力が世界一の人の屋敷で、その人に弟子入りしようとしているのだ。
「下剋上…!やってやんよ!!!」




