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7.こんにちは、異世界

「-・・- -・ ・・ -・・ ・・ ・・・- -・・・」


 ──音。


 夕暮れのカラスの鳴き声のような。

 あるいは夜更けの街のような。


 懐かしいような、恋しいような。

 そんな感情が湧き上がってくる。


「・-・・・ ・-・-・ ・-・・ ・・ -・--- --・-・ ・-・-- ・・ -・-・・ ・-・-- ・- ・-・ ・- 」


 ああ、この音。

 声だ。


 誰かが語りかけているのだ。……なぜ?

 しかし全然聞き取れないな。


 声色は、なんというか震えている。

 とにかく痛いほどに悲しい気持ちが伝わる。


 可哀想だと思った。




「アーリンッッ!!」


 瞬間、耳の奥につんざくような痛みが走る。


 と同時に意識は急激に深淵から跳ね上がり、瞬く間に現実に引き戻される。


 そうして重い瞼をギギと上げる。

 錆びついた窓を開くかのように。


「──んぇ?」


 一面には草原が広がっていた。

 そこかしこに野花が咲き乱れており、そのまた向こうには樹々が生い茂っている。




 ふと近くに気配を感じる。

 瞼を懸命にこじ開け、その人影に焦点を合わせる。


「──え」


 目の前には、耳の尖がった美男子がいた。

 数秒見つめ合う。


「よかったぁああ…………」


 美男子はやや大げさに天を仰ぐと、急に私の顔をまじまじと見つめる。

 そうして悲しみに歪んでいた顔をほころばせると、ほろと困り顔で笑いはじめる。


 彼の目からは涙がこぼれ落ち、仰向けの私の頬にポツリと落ちる。


「本当に驚きました、アーリン様。部屋にいないと思ったら玄関前に倒れていらっしゃって。お身体に異常をきたされたのかと心配でしたが……」


 そう言うと、美男子はすぐ後ろに控えるお姉さんに耳打ちをする。


 みると、白のフリルに黒のスカート姿。

 メイド服だ。使用人だろうか。


 目を閉ざしながらタオルを絞るその姿はしなやかで、思わず見惚れる。


「お身体、苦しいところなどはございませんか」


 そう言うと私の頬をそっとタオルで拭ってくれるが、目が合った途端に目を逸らしてしまう。

 みるみる表情が曇っていく。


「あの……」


 うつむき、眉をひそめながら再び私を見る。


「今回のことは、残念であったと思います」


 今回のこと……なんのことだ。

 言葉を選んでいるのだろうか。彼はここまで言うと口を閉ざしてしまう。


 小鳥が2匹、ぴぴと鳴きつつ美男子の頭上を通過する。

 かと思えば、道を違えて遠くへと飛び去っていく。


 暫く静寂の時が流れる。


 私はこの間を紡ぐように、ゆっくりと身体を起こす。

 すると美男子は私の背を支え、補助してくれる。


 彼の手が私の肩に触れる。

 努力の手だと思った。私よりずっと大きくて硬いその手にはいくつものマメができていた。


 ふと手元に生える草が目に入り、さらと触れてみる。並行脈の筋張った感触。

 懐かしい感触だった。


 美男子は再び口を開く。


「おつらい気持ちも痛いほどにわかります、しかし……あなたのせいでは決してない。悪いのは我らに害をなす者、だから」


 緑色の髪がふわりと揺れる。

 少し鼻を鳴らす。


「あなたが業を背負わないでください。私にも、背負わせてはくれませんか」


 美男子の眼からはまた一粒涙がこぼれる。

 眉をきつく寄せ、顔を歪める。


 それでも美男子は、私を見つめ続ける。

 彼の眼差しには、揺るぎない何かがあった。


 一方私は。


 私は、終始呆気にとられていた。

 への字に曲がった口は永遠不動のままでいた。


 だが、ずっとこのままという訳にもいかない。

 強張る口をやっと動かす。


 口が重い。空気も。

 あまりに重く、声がかすれる。


「……えっと。なにから話そう、あの」


 喉が異様に乾く。言いづらい。

 美男子がこんなにもつらそうなものだから、余計に言いづらい。


「アーリンは、私の名前、ですか?」


 彼の反応を注意深く伺いながら、伏し目がちに尋ねる。


 数秒間の沈黙。


 今度は彼が口をへの字に曲げる。

 彼の眼差しが微かに揺れる。空に目を向け、数秒静止した後再び私に顔を向ける。

 みるみるうちに、顔が強張る。眼がはっきりと開く。耳は立ち、髪は逆立つ。


 一言。


「…………何を、いっているのですか?」


 聞き取りづらいほどにかすれたそれを放った途端、彼は激しく立ち上がる。


 大声で知らない名前を叫ぶ。

 大振りで辺りを見回し叫ぶ彼の表情は、この世のものとは思えない、思わず目を逸らしたくなる程に恐ろしいものだった。


 誰かが来る。


 先ほどの美男子と顔が似ていると思った。歳は40代くらいか。

 私の目の前に身をかがめると、私の眼を見つめる。


 彼の瞳孔が小さくなる。


「──アーリン、お前」


 重低音の声が、野原の葉の擦れる音にかき消されそうになる。


 ざわざわと葉が音を立てている。


 空は雲一つなく。

 今日は、春の匂いを纏いながらもまだ少し寒さの残る、肌寒い日だった。


「自分を呪ったのか」


 その声に、私の身体は確かに反応する。頭の中で、何度も繰り返される。

 響く。響き渡る。


 気付けば私は、手元の草花を握りつぶしていた。

※2025/8/12…文章表現一部訂正

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