5.飛んで火に入る夏の虫(前編)
「────え」
人だかり。その向こう側には強烈な光。
木材が倒れると途端、深紅。
火の粉が私の肌をかすめる。
それを目が捉えた瞬間、呼応するように鳥肌が立つ。
心臓の鼓動が痛い。
パキパキ、パキパキと木材が音を立てる。
みるみる呼吸と息が荒くなっていく。
「…………火事」
わたしは。
私は今日、はじめて人の死の匂いを嗅いだ。
─*─*─*─
「表札……」
必死に目の焦点を合わせ、表札を探す。
なんて書いてある?藤…………原……
藤原。
藤原なんて知り合いいたか。
……ああ。
いない。
いないはずだ。
知ってる人ではなさそうだ、多分。
「っっふぅ…………」
胸に溜まった息をゆっくりと吐き出す。
改めて耳をすませば、心臓は弾けるように高鳴っており今もズキリと痛む。
……それにしても火事なんて珍しい。
まあ、でも冬だし無理はないか。
「……帰ろ」
「っっおい、君とまれ!何するつもりだ」
刹那、重低音が響く。
と、同時に野次馬が悲鳴を轟かせる。
反射的に振り向くと、そこには──
「…………馬鹿なのか」
中学生くらいだろうか。
燃え盛る家屋目掛けて歩いていくのが見える。
目を疑った。
でもどんなに強烈に頬をつねろうと、明晰夢とはいかないらしい。
「……やめてよこんなところで」
耳で聞いてはじめて声が出たと気づく。
非現実的な現実に心が叫んだのだとひとり納得する。
しかしその声は小さくて消え入りそうで。
なにより足が動かなかった。
「生きている意味がわからないんだ」
また声が響く。
変声期なのか掠れている。
抑揚のない、消え入りそうな声。
いかにも病んでいるといった調子の台詞に、私は不覚にも共感した。
「生きてる意味?くだらん、今命を投げちゃ親に申し訳ないとは思わないのか」
重低音が絶叫する。
なんだか、間違ってないんだけど。
そうじゃなくないかって思った。
声すら上げていない私に批評する権利はないのだけれど。
「僕の両親、あん中」
あくまで無表情を崩さず、少年は指を伸ばす。
指の先では家屋がパチパチと音を立て燃え盛っている。
野次馬がまた悲鳴を漏らす。
「それは……どういう」
重低音は急激にその圧を失う。
「いやっ、その、だから」
重低音に焦りの色が見え始めた。
余計なことを言ったと自覚しているのだろう。
だったら言わなきゃいいのに。
「そういうことだから。どうか僕を気にしないで」
そう言うと少年は再び火中へ歩み始める。
呼応するように野次馬がざわめく。
今から自分が死ぬけど、気にするなってか。
あまりにも無理がある。
……とはいえ。
このままでは本当に身を投げてしまうのではないか。
自殺を黙って見ているほど私は腐っていない。
ただ、この状況で足が竦まないほど私の肝っ玉が据わっているわけでもない。
そのせめぎ合う感情の渦の中。
「ちょっとまって」
私は、気づけば少年に語りかけていた。
※2025/8/13…本文大幅変更